お前のその、柔らかい唇、




腹の足しにもなりゃしねえ

 ちょっとちょっと、皆さん、聞いてくれます? 俺でも振られることってあるんですよ。びっくりでしょ(英士調)? 俺もびっくりしました〜。
 まさか。振られるとは思いもしなかった。自分ではかなり上手くいってたと思ってたのに。三ヶ月間付き合ってた一つ年上の女から今日突然零れた言葉はこれ。
『ごめんなさい。私、他に好きな人が出来たの』
 俺はもう唖然としちゃって、今考えるとかなり間抜けなんだけど、『あ、そう』としか答える言葉を持ち得なかった。
『でも、私、本当に結人のこと、好きだったから…。それだけは信じて』
 泣きながら彼女は言った。泣くな泣くな。そんなのは自己陶酔だ。やめろやめろ。見てる方が恥ずかしいから。何が『信じて』だ。何を信じろと? 馬鹿馬鹿しい。舐められてんなあ、俺。この女、学年が一コ上だからって、俺のこと舐めてやがるよ、絶対。もしかしたら、ずっと舐められたのかもな。三ヶ月間、ずっと舐められたのかも。気付かなかったな、それは。そんなこと気付かないくらい、結構夢中で好きだったしな。好きだったっていうか、まだ好きなんだけど、ほんとは。だって、そんな、いきなり『ごめんなさい』されたからって、自分の想いを過去形で語れるわけがねえだろ。
 結局、俺達は『最後のキス』をして別れた。
 ドラマの見過ぎ。夢見過ぎ。馬鹿馬鹿しいだろ。笑っちゃうよ。ははは。でもさ、唇合わせたとき、本気で胸が痛かった。痛かったんだ。好きだった。(無理矢理過去形にしてみた)

 英士にでも慰めてもらおっかな〜(んで、ついでに何か奢らせよう、ってこっちが本当の目的か)とか思って、英士んちに行こうと決めて、
 …で、なんで、俺は今、一馬んちの前に来てるわけ? なんて不思議なことだろう! 世の中には不思議がいっぱい!
「結人でも振られることがあるんだ…」
 俺の話を聞いて、しばらく考え込んでから、一馬が独り言のように呟いた。おいおいおい、第一声がそれかよ。ちょっと憮然とした表情になる俺を見て、一馬は途端に慌てる。
「あ! いや、ごめん! …つ、つい、うっかり…」
「いーよ、別に」
 一馬はなんとか取り繕おうとしてるけど、全然上手くいってない。
「あっ、えーと、そうだ! ヨーグルト食う?」
「いらない」
「そ、そう? チチヤスのなんだけど。一応」
「いらない」
「そ、そう」
 なんてたどたどしいんだ、一馬。英士なら、もっとずっと上手くやるだろう。いや、一馬と英士を比べたって仕方ないんだけどさ。英士んとこ行ってりゃよかったなあ。なんで一馬んちに来ちゃったんだろう。でも俺は一馬んちに来て、俺の前に一馬がいて。とにかく俺は今一馬といる。で、目の前の一馬は、ひどくたどたどしい。そしてその目の前の一馬のたどたどしさは、俺をイライラさせるようでいて、させない。
「えーーーーっと、元気出せよ、結人。その女は、人を見る目がなかったんだよ、きっと。うん。俺はそう思う」
「そうだよな。俺を振るだなんてどうかしてる」
「うんうん」
「きっと世界一のバカ女なんだ」
「…うん」
「いつか後悔するに決まってる」
「……うーん、…うん」
「一馬はバカじゃないよな? 人を見る目があるよな?」
「…うーーーん…、ん?」
「なぐさめてよ」
「えっ?」
「俺、傷付いてんの。だから、慰めて。ていうか一馬、彼女のかわりになってよ」
 言った後、一馬に軽く口付けた。ちょっと、びっくり。一馬の唇があまりにも柔らかかったので。これは、どうなんだ、彼女のより柔らかい。彼女のとは違う。口紅の匂いのしない、グロスのべたつきもない、すっきりと渇いていて、意外なほどに、ひどく柔らかい唇。
 唇を離して、一馬(唖然としてる・そりゃそうだろうけど)の反応を待つ。そろそろ怒り出すかな、とか思ったけど、怒らない一馬、…アレ? あ、もしかしたら泣いちゃうかも、とか思ったけど、泣かない一馬、…アレ?
 怒りの言葉や涙の代わりに、一馬からはこんな言葉が飛び出した。
「いいよ」
 えっ? なに? うそ! いいよ? いいよって? …えっ?
「は…?」
「だから、いいよって言ってんの」
「何が?」
「何がって…」
「マジで? かわりになってくれるって?」
「……うん」
「うわっ」
「な、なんだよ」
「お前ってバカ?」
「何だよ! 自分から言い出しといて!」
 そう、自分から『かわりになってよ』とか言っておいて、『いいよ』と言われたら引く、なんて、勝手な話だろうよ。でも、まさか、そんなあっさりOKするなんて思わないじゃん。普通は『いいよ』なんて言わないだろ。どうかしてる。言い出した俺もどうかしてるけど、OKした一馬はもっとどうかしてる。悪い冗談は止せ、と怒ったり泣いたりしろよ、一馬。『いいよ』ってなんだよ。全然よくねえだろ。
「同情してくれてんだ? ありがたいね」
「結人…」
「友情って素晴らしい」
「結人…」
「でもそんな友情はいらねー」
「ゆ、結人…」
「帰る」
「待てよ!」
「待たない」
「せめて…、」
「?」
「ヨーグルト食べてから帰れよ」
 いらないって言ったのに。
「チチヤスのなんだ。一応」
 それはさっきも聞いた。
「分かった。ヨ―グルト貰う。
 で、食い終わったら、しよう」
 もう一度、一馬にキス。やっぱ、一馬の唇は柔らかい。気持ちいい。続きもしてみたい。気持ちいいかもしれない。
「かわりになってくれんだろ?」
「うん」
「だったら、」
「分かった。いいよ」
 あっ、また、そんな、あっさりOKしやがった。なんなんだよ、こいつはよ。いつもは頑ななくせして。なんでそんなに従順なんだ、今日は。そーかそーか、俺を慰めてくれるんだ? わーい、一馬ってば優しい〜、だいすき〜! って、ばーか! 一馬ごときが俺の彼女の代わりになんかなれるわけない。でも、いいよ。悪くない。悪くはねえな。
 まあ、ヨーグルトは普通に美味しかった。いつもの味。美味しい。でもさ、実は今ちょっと腹減ってんだよなー。この程度の量のもん食うと余計に食欲が刺激されるんですけど。ヨーグルトは美味しいけど、腹の足しになんねー。


 ベッドの上、一馬から口付けてきた。
 本日、三度目のキスなり。
 一馬、なんて、不器用なキスの仕方。微笑ましいじゃないか。お前は健気でいいね。うん、いいよ。悪い気しない。悪くない。うん、でもさ、腹の足しにはなんねーな。




Dec.4,2000
 自分で書いといて言うのもなんですがこういう若菜はどうかと思います(素)
 スガシカオの「かわりになってよ」を聴きつつ。
はじめて聴いたときから若真ソングだって決めてた(勝手に)

 

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