ある朝のことだった。真田がパジャマを脱いで制服に着替えようとしているときに突然ベランダから郭が侵入してきた。 「ひっ!」 真田はびっくり仰天した。 郭は人の家のベランダから侵入しておきながら、平然とした様子で挨拶をした。 「やあ、おはよう」 「“やあ、おはよう”じゃねーよっ! ここニ階だぞ!? 一体どうやって…」 「まあまあ、そんな細かいことはどうでもいいじゃないか」 「細かいことか!?」 「今日は一馬に大事な話があるんだよ」 急に郭は真剣な面持ちになる。真田はとりあえず郭の話を聞こうと黙った。 「俺、しばらくの間、旅に出ようと思うんだ」 郭のその言葉に真田は大いに驚いた。 「はあ!? 旅って…どこへ???」 「それは言えないな…。言えないというかね、俺にもまだよく分からないんだ。なんていうか、自分探しの旅というか…、まあ言い換えれば、そうだね、レアカード集めの旅というかね」 「えっ、それ全然言い換えになってなくねえ? 自分探しとレアカードに一体どんなに関係があ 「とにかく旅に出るんだ、今から。誰にも何も言わずに旅立とうと思っていたんだけど、一馬にしばらく会えないと思うと、ほんと辛くてね…、だから旅立つ前に一目会いに来たんだ」 「はあ…」 真田は郭の突拍子もない話に全然ついて行けなかった。 「あ、そうそう、俺がいない間に一馬に悪い虫が付いてはいけないから、一馬の護衛役を連れて来たんだよ」 郭はそう言いながら、懐から亀を取り出して真田の前に差し出した。目が合った瞬間に亀がニターッと不吉な笑みを浮かべたような気がして、真田は一瞬ぞっとした。 「か、亀…」 「No!」 「えっ」 いきなり大声で郭に否定され、真田は驚いた。一体何が違うというのか。どう見ても亀なのに。 「ノンノンノン! この子は亀じゃないよ。キムチの精のさんだよ」 「きむちのせい!?」 「ふふふ、一馬は平仮名が似合うね…。アホぽくて可愛いよ。ほら、俺のことを“えーし”って呼んでごらん…」 郭の言い様にむっとして、真田は宙に腕を振り上げた。 「ぎゃっ! 暴力反対! かかかかか一馬になら殴られてもいいけど顔はヤメテね? 顔は俺の自慢なんだから」 真田は呆れて腕を下ろし、郭が手で掴んでいるキムチの精(姿はまるっきり亀)を改めてまじまじと見つめた。 「キムチの精なのか…。どう見ても亀だけどなあ。俺、結構亀好き」 、、とキムチの精の名前を呼びながら、真田は人差し指での頭を突付こうとした。すると、は真田の指に吸い付いた。 「ぎゃー!」 驚いた真田は指を引こうとするが、はなかなか離れない。郭がの頭を強引に引っ張って引き剥がした。 「全くいやらしい。誰に似たんだか」 アンタだアンタ。 『げひゃげひゃ、真田殿の指は美味しいですねえ、ジュルジュル』 「ひっ! 亀が喋った!」 『だから亀ちゃうて。さっきキムチの精ゆーたやん。名前はじゃ。人の話ちゃんと聞いとけやこのカッペ! ペッ!』 「態度悪っ!」 「ははは、一馬はともう仲良しになったんだね。これで一安心だよ」 郭は陽気に笑った。 「仲良くなってねーよっ!」 「あ、そうだ、ねえ、一馬、俺にも指をしゃぶら 郭が言い終わらないうちに真田は腕を宙に振り上げた。 「ぎゃ! 顔はヤメテ!」 「それにしてもお前旅立つんじゃなかったっけ…? さっさと行けば…」 「はっ、そうだった! じゃあそろそろ行くよ。、一馬を頼んだよ」 『お任せ下さい』 「一馬、俺がいないからって泣いてばかりいちゃ駄目だよ?」 「泣くかっ」 「アデュ〜★彡」 郭はひらりとベランダから飛び降りた。 「だからここニ階だってば!」 グシャ 何かが潰れたような音がした。真田が恐る恐る下を見ると、案の定着地に失敗した郭が地面にうずくまっていた。 「ひいいい」 しばらくして郭はよろよろと立ち上がり、よろよろと去って行った。 『さすが郭殿! 二階から落ちても怪我一つしていないようですね!』 「いや怪我してるって! よろよろじゃん! 今にも息絶えそうだよ! めっちゃ血ぃ出てるし!」 こうして郭は旅に出たのである。 (ちなみにこの日真田は学校に遅刻し、担任に遅刻の理由を訊かれ、視線を泳がせながら「すいません寝坊しました」と答えた。) それから三週間後。真田家にて。 「そういや最近英士を見かけねえ気がするな」 遊びに来ていた若菜がふとそんなことを言った。 「英士は三週間前自分探しだかレアカード集めだかの旅に出ちゃったんだよ。ていうか、お前気付くの遅過ぎ!」 「そうかな」 「そうだよ」 「わはは、すまんすまん☆彡」 「全く結人は〜★彡」 「わっはっは」 「あはははは」 「わーっはっはっは」 「あははあはは」 「わはわは」 『げひゃげひゃげぇぁーっひゃひゃひゃひゃげh 「その笑い方はヤメロ!」 「俺じゃないよ」 不吉な笑い声を響かせていたのはだった。ふと気付くとはテーブルの上にいた。 「この子は、旅立つ前に英士が置いて行ったキムチの精のさん」 真田に紹介されたは若菜に向かってニタリと微笑んだ後、再び真田に向き直る。 『それにしても真田殿、郭殿がいない間に浮気ですか? 若真ってやつですか? いい気なものですね! プリプリ!』 「亀が喋ってる…!」 若菜は驚いてをまじまじと眺めた。 『亀じゃないんですってば。キムチの精のです』 「亀が喋ってるよ!!」 『だから亀じゃねーっつってんだろこのゲジ眉!』 「なあ一馬、こいつ潰してもいーい?」 若菜はどこからともなくトンカチを取り出して構えた。 「は英士のだから、俺にそんなこと訊かれても困るよ…」 「わはは余計潰したい」 若菜が本気かもしれないと思ったは態度を急変させた。 『よっ! 凛々しい眉毛! 笛のスーパーアイドル! 女泣かせ! あなたのせいでどれだけの笛っこ(メス)がスーパーやコンビニでチチヤスヨーグルトを見かける度にあなたを思い出して胸を痛めたことか! ああもう時代は若菜結人! 若菜結人最高!』 「こいつすごい性格してやがるな。さすが英士のペット」 『ペットじゃなくて式神なんざんすよ』 「しきがみぃ?」 『げひゃひゃ、おまはん式神が何たるかも知らんのかえ。げひゃげひゃげひょひょ、“おんみょうじ”て漢字で書けるけ? げひゃ、アホは可哀相じゃなあ〜、アホ〜アッホッホ〜』 「…どーっしても潰されたいようだな…」 若菜はトンカチを構え直した。 『結人様万歳! 若菜結人だいすき同盟!』 若菜とのやり取りを見ていた真田は深いため息を吐いた。 「結人って器用だな…。もうと仲良くなっちゃってるし…」 「別に仲良くはなってねーよ」 『ほほー、真田殿、さては若菜殿に嫉妬してますね? いや〜、真田殿は可愛いですねえ。郭殿が御執心なのも頷けます。げひゃげひゃほんとに可愛い舐めてしまいたいげへへぐへっぐへへへへ』 「ううう、気持ち悪い」 真田は恐ろしくなって身震いした。 「うん、確かに気持ち悪いな。いくら英士が置いて行ったとはいえよくこんなのと一緒に生活してるな、お前。俺だったら速攻で捨てるね!」 「捨てたいけど…捨てたら呪われそうで…。でもこいつほんとに気持ち悪いんだよ。人が風呂入ってるとき覗くし」 『べべべべ別に私は真田殿の裸体を拝んで萌え萌え〜とかさらに色々妄想を膨らませて新刊のネタにとかそんなそんなそそそそんな卑猥な気持ちは一切ないんですよただわわわ私は真田殿のことが心配でして真田殿のね安全をね最優先にしてねだってそれがわわわ私のや役目ですし、ねッ?』 「な? 気持ち悪いだろ…?」 真田が若菜に同意を求めると、若菜は大いに頷いた。 「俺もう嫌だよ。との生活には耐えられない…」 『そんなイケズなこと言わないで下さいよう〜』 は真田に擦り寄ろうとしたが、真田は手でを払い除けた。 『…あ! あ〜あ…』 「な、なんだよ」 『今の真田殿のタッチで、私、妊娠しちゃいましたよ? あ〜あ』 「何言ってんだよ!」 『あ〜あ』 「訳分かんねーよ!!」 『あ〜〜あ』 「なんなんだよ!!!」 『あ〜〜〜あ』 「あ〜〜〜〜あ」 「おい、なんで結人まで一緒になって言ってんだよ!!!!」 「わはは、わりーわりー。なかなか興味深い展開だなあと思って、つい」 『うっ! 生まれるぅ!』 はテーブルの上で突然のた打ち回りだした。 「ひいいいいい」 「がんばれ!がんばれ!」 「おい、結人、何応援してんだよ!」 「いや興味深くて、つい」 しばらくしては一つの卵を生んだ。 「亀の産卵…。なかなか感動的なシーンだったな…」 「あほかっ!」 若菜はこの異常な状況を楽しんでいるようだった。真田はただただ恐れおののいていた。 卵はみるみるうちに大きくなっていった。一分も経たないうちに人間ほどの大きさにまでなった。そして突然卵は大きな音を立ててぱっくりと割れ、中からタキシード姿の郭が現れた。 『郭殿、お久しぶりです』 「ギャーーーーーッ!」 「うおおお、世紀の大マジックだ!」 「皆さんごきげんよう。ははは、どうだい? 驚いただろう」 言いながら郭は一輪の薔薇の花を真田に差し出した。 「お、驚くに決まってんだろ! な、なんなんだよ一体!」 真田はとりあえず薔薇の花を受け取った。 「いてっ」 薔薇の花には棘が生えていたようで、真田は指を傷付けてしまった。 「ふふふ、さあ、一馬、俺が指を舐めてあげよう」 「死ね! …ひっ!」 ふと気付くと真田の指にはが吸い付いていた。 「こら! 一馬から離れろ!」 郭はを引っ張った。 そんなふうにして三人(二人と一匹)が大騒ぎしている間、いつのまにかテレビの前にあるソファーに陣取った若菜は、笑っていいとも増刊号を見て笑っていた。 おしまい |
Nov.23,2001
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