★★★

メリークリスマス!
やあ、そこのかわいこちゃん、僕のトナカイに乗ってくかい?
安全運転を約束するよ。

★★★




恋人はサンタクロース
 11月下旬。クリスマスはまだ一ヶ月先だというのにもう街にはクリスマスムードが漂っていた。
「なあ、もしサンタがいるとして、クリスマスプレゼントに何でも好きなもの貰えるとしたら何が欲しい?」
 結人が唐突にそんなことを言った。
「俺は時計かな」
 あまり迷うことなく英士が答えると、「ああ、そういや俺も新しい腕時計欲しいなあ」なんて結人が相槌を打った。
「いや、俺が欲しいのは腕時計じゃなくて掛け時計だよ。一昨日、部屋の壁に掛けてた時計が止まったんだ」
「あの丸くて青いやつ?」
 一馬が訊くと、英士は軽く頷く。
「そう、それで電池を取り換えてみたんだけど動かなくてね。だから新しい掛け時計が欲しいんだ。鳩時計がいいな…」
「鳩時計…、英士の部屋に鳩時計か…、なんか不吉だな…」
 一馬がぼんやりとそんなことを言うと、英士は少しだけむっとしたが何も言い返さなかった。
「うーん、なんか現実的な答えだよなあ。つまんね。せっかく“何でも好きなもの貰えるとしたら”って言ったのに!
 俺は、妹か弟が欲しい! 俺、姉ちゃんと兄ちゃんはいるけど下はいないもんな〜」
「そういうことはサンタクロースじゃなくてご両親にお願いした方がいいんじゃないのかな」
 英士は結人に平然とコメントした。結人はため息を吐いて、「…またそういう現実的なことを…」と呆れたように言った。
「で、一馬は?」
 結人が一馬の方に向き直り、英士も一馬を見た。すると一馬はこう即答した。
「やっぱり現金が一番いいかなあ」
(一馬が一番現実的だ!)
 結人と英士は心からそう思った。


 夜、ベッドに横たわり、英士は見るともなくテレビを見ていた。もう眠気が襲ってきていて、画面がぼんやりとして見える。テレビの中では、幸の薄そうな顔をした女が、自分の人生について語っていた。


その時のことは本当によく覚えているんです。今でも夢に見ます。あれは中学一年の春でした。私は中学に進学し、新しい環境にまだ不慣れで、それでも毎日が新鮮で、希望に満ち溢れていたんです。4月23日でした。その日の四時間目は体育でした。体育が終わって更衣室に行ったら、私の制服が無くなってたんです。私は本当に驚いて、友達にも手伝ってもらって一生懸命探したんですが、どこにも無いんですよ。仕方ないから午後の授業は体操服で受けましたけど。給食も体操服で食べましたよ。うちの中学の体操服ってすごくださくて。小豆色なんですけどね。とにかく実物を見てもらえば分かると思うんですが、ほんと格好悪いんですよ。クラスのみんなが制服なのに自分だけ体操服で、すごく恥ずかしくて辛かったです。ふと気付くと、何人かの女子がね、私の方を見てクスクス笑ってるんですよ。すごく意地悪そうに。私は直感的に察しました。その子達が私の制服を隠すなり捨てるなりしたんだな、と。いじめですよ、いじめ。それが分かったとき、あまりの衝撃に頭が破裂しそうになりました。信じられませんでした。今までそんな嫌がらせされたことなんてありませんでしたし。なんで私が? という思いでいっぱいでした。体操服で下校しながら、一体何故私がこんな酷い目に遭わなければならないのか、一体私の何が悪かったのか、ずっと考えてました。考え事をしながら歩いてたんで、ふらふらしてたんですね。犬の尻尾を踏ん付けてしまったんです。ブルドッグでした。それはそれはいかめしいお顔立ちのブルドッグでしたよ。ええ、もう、お約束ですけど追いかけられましたよ。食われるかと思いました。必死で逃げてる途中で、そば屋の出前持ちのお兄さんが乗っている自転車にぶつかってしまったんです。いやあ、お兄さんには悪いことをしましたね。で、私はこれもまあお約束なんですが、全身そば塗れになりましたよ。ついでにブルドッグにも噛み付かれましたアハハハハ面白いでしょ? アッハッハッハッハ、ウフフアハアハワハハワハワハ笑うな。まあ、とにかく早く帰らなきゃと思って家に急いだんです。家に着いてびっくりですよ。なんと家が燃えてたんです。それだけじゃ悲劇は終わりませんでした。ちょうどその日、両親が乗っていた車が交通事故に遭ったんです。両親は即死でした。

 英士は意識がどんどん遠くなっていくのを感じていた。


 夜中にふと物音がし、英士は目を覚ます。部屋の窓が開いて、黒い人影がそこから入って来るのが見えた。瞬時に、泥棒だ、と思った。高鳴る鼓動を落ち着けようと深呼吸を静かに繰り返しながら、とりあえず今は寝た振りをして様子を窺った方がいいと思い、英士は身を硬くした。
「ふう…、煙突があったらいいのになあ…。もっと、こう、せっかくだし、それらしく煙突から侵入したいものだ…」
 ぼそぼそと呟く声が英士の耳に届いた。聞き覚えのある声だった。絶対にこの声を聞き間違えることはない。
 英士はばっと起き上がって部屋の電気を点けた。
「潤慶!!!」
「うわっ」
 英士のベッドのすぐ側に立っていた侵入者は驚いて縮み上がった。
「おい、潤慶! 一体こんな夜中に人の家に窓から入ってきて、しかもそんな衣装を着て、何のつもりだよ! お前いつ日本に来たんだ!?」
 英士は侵入者の肩を掴んで揺さぶった。
 侵入者はただただ驚いている。彼の容貌は、英士のいとこである潤慶そのものだった。そして彼は、上下ともに赤い服を着ており、帽子も赤いものを被っていた。サンタクロースの格好である。
「ちょ、ちょっと、ちょっと待って下さいよ。落ち着いて下さいー」
 侵入者は、英士の腕を宥めるように掴んだ。
「これが落ち着いていられるか。潤慶、ちゃんと説明して」
「いや、ちょっと待って下さい、ほんと。あなた、僕を誰かと勘違いしてるようですね。僕はユンギョンじゃありませんよ」
 英士は侵入者の台詞に一瞬言葉を失って目を丸くしたが、その後心底呆れたようにため息を吐いた。
「どう見ても潤慶じゃないか」
「いや、何を言ってるんですか。どう見てもサンタクロースじゃないですか」
「どう見てもサンタクロースの格好をした潤慶だな」
「だからユンギョンって誰なんですか」
「だから潤慶はお前だろ」
「いや、だから僕はサンタクロースなんですってば」
「いい加減にしろ!」
 英士が怒鳴ると、英士のいとこである潤慶にそっくりな自称サンタクロースの侵入者はびくりとした。
「な、なんで怒るんですか。あなたちょっとおかしいですよ。ほ、ほら、今日はプレゼントだって持って来たんですから」
 英士のいとこである潤慶にそっくりな自称サンタクロースの侵入者は、白く大きな袋から綺麗に包装された四角い箱を取り出して英士に渡した。
「開けてみて下さい」
 そう言われ、英士は渋々と包みを開ける。中からは鳩時計が出てきた。
「……結人か一馬から聞いたな?」
「誰ですかそれ」
「……いい加減にしないとほんとに怒るよ?」
「もう充分怒ってるじゃないですかあなた。なんであなたが怒ってるのか僕にはさっぱり理解出来ませんよ。クリスマスプレゼントを渡しに来てあげたのにこんなふうに訳も分からず責められるなんて不条理ですー」
 英士のいとこである潤慶にそっくりな自称サンタクロースの侵入者(あまりにも長くて鬱陶しいので以下“潤慶似の自称サンタ”)はさも不満そうに言った。
「クリスマスプレゼントね…。まだ11月だけどね…」
「…あっ! 一ヶ月間違えちゃった!」
 潤慶似の自称サンタは、ペロリと舌を出した。
「……………」
 英士はこめかみのあたりがピクピク痙攣してくるのを感じつつも、なんとか気持ちを落ち着かせようとした。
「お詫びに僕のそりに乗せてあげます! えへへ、特別ですよ、特別」
 潤慶似の自称サンタは英士の手を取って窓際まで引っ張っていった。英士は文句を言おうとしたが、窓の外にふと目をやった瞬間、完全に言葉を失ってしまった。窓の外は信じられない光景だった。なんと空中にトナカイのそりが浮いていたのである!
「……あ……」
「ほら、これで僕がサンタクロースって信じてくれますよね?」
「…あわあわあわ…」
「わはは、驚かない驚かない。サンタなんだからこれくらい当然ですよ」
 潤慶似の自称サンタはどこか誇らしげに笑っていた。
(そうか…、これは夢だ…、うん、夢以外の何物でもない)
 英士はそう納得し、なんとか冷静さを保とうとしながら、うんうんと一人で何度も頷いた。
「さあ、乗りましょう」
 潤慶似の自称サンタは軽い身のこなしで窓から出てそりに飛び乗った。そして英士の方に手を差し伸べる。
「乗って下さい。大丈夫ですよ。怖くないですよ」
 英士は少しだけ迷った後、まあ夢だしどうにでもなれ、と覚悟を決めて窓の縁に足を掛けた。

(やっぱりどう考えても夢だよなあ…)
 英士はそりに乗りながらしみじみと思っていた。だって、トナカイがそりを引いているのだ。空を飛んでいるのだ。英士の隣りでは潤慶似の自称サンタが馴れた手付きで手綱を取っていた。
 もうすぐ12月で、しかも今は深夜、外は相当寒いはずである。英士はパジャマ一枚だと言うのに少しも寒さを感じなかった。
(うーん、変な夢だ…)
「そういや、あなたの名前は何ていうんです?」
 潤慶似の自称サンタがふと英士に訊いた。
「……ヨンサ、だよ」
「ヨンサ、ね、はい、分かりました。あ、僕のことはユンギョンと呼びたければそう呼んでもらっても結構ですよ」
 潤慶似の自称サンタはそう言って微笑んだ。
(変な夢)


  潤慶は、クリスマス前に日本に遊びに来ることになっていた。
それが一週間前の電話で、
『クリスマスね、行くって行ってたけど行けそうにない』
「じゃあ俺がそっちに行こうかな」
『…えっ』
明らかに困惑したような声が返ってきて、
英士は一瞬にして心臓が凍り付くような感覚に襲われた。
恐ろしくて、何故来れないのか、とは訊けなかった。
体の良い嘘を吐かれるのだろうと思うと苦しかった。
ああ、自分はもう捨てられてしまったのだ、
そんなことを英士はぼんやりと思い、
「そう、じゃあ会えないんだね。
残念だけどそっちにも色々都合があるだろうし仕方ないか」
ひどく渇いて抑揚のない声でそう言った。


 トナカイのそりはひたすら空を駆けていく。
「…なあ、どこに行くんだ?」
「空の果て」
「そこには何があるの?」
「何もありませんよ」
「何も? じゃあ何のためにそこへ行くんだ?」

「二人きりになるために。
 僕とヨンサだけの世界に行くんです。それがヨンサの本当に欲しいものでしょう? 本当に欲しいのは時計なんかじゃないんでしょう?
 欲しいものをあげますよ。

 だって、僕は、サンタクロースだもんvvv





怖い。
なんて怖い夢なんだろう。




「英士の彼女って美人だよな〜」
結人がそう言った。
「あの子は別に…、彼女ってわけじゃ…」
戸惑いながら英士が答えると、
結人は、「またまた〜」と言いながら英士の肩をバシバシと叩く。
「結人、嫉妬は見苦しいぜ」
一馬が大人ぶった態度で結人に注意した。
「なんだよ一馬! お前だってほんとは羨ましいくせに! 彼女欲しいくせに!」
「…な、何を…、俺は別に羨ましくなんかねーよっ!」




(もしかして、潤慶は、向こうで、誰か特別な女の子とクリスマスを過ごすのかな)

相手の、唯一のものになれない。一番になれない。

「俺が欲しいのは、そんなものじゃない」

運命の相手になれない。

「じゃあ何が欲しいんですか? 言ってみて下さいよ。ヨンサの望むものをあげますよ」

愛されない。

「何もいらない」

価値が無い。

「うそ〜。何もいらないってことはないでしょう」

…価値が無い。

「望まないと手に入らないものはいらない」

価値が無いんだ。

「ヨンサは欲深いですね」
「欲深い? 何も望んでいないのに?」
「そういうところが強欲だっていうんですよ。
あなたは、死んだら地獄に行きますよ、きっと」

潤慶似の自称サンタは薄く笑った。



 遠く離れていても、心は寄り添っているのだと、
 そう信じていた。


(そうです。自分の乗ってる飛行機は落ちないって、自分の乗ってる船は沈まないって、車も電車も、みんなそうです、事故に遭わない、安全だって、そう思ってたんです。自分も、自分の身近な人も、事故に遭わない、犯されないし、殺されない。殺さないし、自殺もしない。自分達は大丈夫なんだって、平気なんだって。昨今は乱れた世の中なんて言いますけどね、自分の周りの世界は平和だって信じて疑ってなかったんですよ。でも今思えば、なんでそんな根拠のない自信を持ってたのか分かりません。)

 唐突に、胸に激しい憎悪が込み上げてきて、英士は気付くと隣りに座っている潤慶似の自称サンタの首を絞めていた。

(ずっとそういう根拠のない自信を持ち続けていたかったです。辛い思いをしなくても済むのならばそれに越したことはないでしょう? ……は? 艱難汝を玉にす? ペッ! クソクラエ! そんなのただの強がりです、負け惜しみです。みんなしんじまえ! ……はっ、すいません、私ったら取り乱しちゃって!テヘヘヘヘ…)

 潤慶似の自称サンタはもがき、彼の手から手綱が離れ、操縦士を失ったトナカイのそりが一気に不安定になる。

(神様なんてね、いないんですよ、神様なんて。……は? みんなそれぞれ心の中に神様がいる? あはは、あはははははは、死ね。……はっ、すいません、私ったら口が滑りやすくて! テヘヘへヘ。あ、でもね、神様は信じてませんが、私、サンタクロースは信じてるんです。いるんですよ、サンタさん、ほんとに。ほんとですって。私が小学校一年生のときでした。クリスマスの朝、目覚めると枕元にプレゼントが、……え? それは親が置いたんだろうって? ええ、そうですよ。そうですとも。うちのお父さんはサンタクロースだったんです。サンタクロース役じゃなくて、まんまサンタクロースですよ。本物だったんです。ほんとに。ほんとなんです。こないだ気付きました。神のお告げがあったんです。……え、私、神様信じてないなんて言いましたっけ??? おっかしいなあ。)



 離れ離れでも、自分達は分かり合っていると、
 無理矢理、そう信じていた。



ぐるぐると視界が回った。

旋回! 旋回!! 旋回!!!

そりが空中を回っている。いつのまにかトナカイがいなくなっている。

墜落! …墜落!!!!!!

ものすごいスピードで、そりが落ちて行く。









恐ろしい夢が恐ろしいのはそれが自分自身の無意識の欲求なのではないかと疑われるからだ。












 落ちた場所は雪の上だった。少しも冷たくない。真っ白なシーツのようだ。それでもそれは確かに雪だった。雪原の真ん中に英士はいた。砕け散ったそりの残骸がそのへんに散らばっている。やはりトナカイはどこにもいない。
 英士は潤慶似の自称サンタの姿を必死で探した。潤慶似の自称サンタは、少し離れたところに倒れていた。
「潤慶!」
 英士は急いで走った。雪に足を取られてひどく走りにくい。何度もこけながら潤慶似の自称サンタのところまで行った。
「潤慶?」
 潤慶似の自称サンタはぐったりと横たわったまま身動き一つしない。息をしていなかった。

 英士は泣きながら潤慶似の自称サンタを雪の中に埋めた。
 嗚咽が止まらなかった。悲しくて苦しくてやるせない。でもどこかホッとしていた。

 死んでしまえばもう変わらない。
 それ以上何も変わらないんだ。


(…酷い夢だ。酷過ぎる)




 この夢はとても非現実的ではあるけどそれ以上に現実的である
助けて助けて助けて助けて助けて助けて!
 例えば大声でそう叫んでも誰も助けてくれない救われない。そういうところがとても現実的だなあ、いや〜まいったまいった(笑)




 これは夢だ。これは夢だ。
 英士は思った。
 これは、夢だ。
 何度も何度も口の中でそう唱えた。
(でもリアルだ。いっそ現実よりもずっとリアルだ)





(私、ずっと、もうずっとずっと昔からずっと、そう、あの、十数年前の4月23日からずっとですね、思い続けていることがあるんです。

 この夢は、いつ覚めるんだろう、

 って)








それにしてもこの夢、
一体いつ覚めるの???























覚めないままおしまい







Nov.16,2001


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送