くたばれ人類! 滅びろ世界!

わたしたちってなんてどうしようもないんでしょう。



シリアスよりもコメディーの方が100倍好きだ


(でも実はどうやって区別をつけたらよいのか僕には分からん)


「ちょっと言いにくいんだけど、」
 どこか照れたような様子で一馬が口を開いた。
 若菜の部屋で、いつもの三人組がサッカー談義に花を咲かせていたところだった。ごくいつも通りのこと。
 話が一段落したところで、一馬が何かを言おうとして、でもなかなか言えないようでもじもじしている。そのもじもじっぷりを英士は大変好ましく思った。
「どうしたんだい、一馬。何でも言ってごらん! さあさあ
 英士はにこにこしている。
(うーん、なんだか嫌な予感がする…)
 結人はどうにも不吉な気分だった。
 言い出しにくそうにしていた一馬が、意を決して言った。
「えーと、明日の日曜日みんなで遊ぼうとか言ってたじゃん? あれ、俺行けなくなった。ごめん」
「なんだ、一馬、そんなことか。いや、そんなことじゃないけど。一馬が行けないのはとてつもなく残念で寂しいけど、何か用事が出来たんだね? どうしたの? 家族とどこかに行くとか? それとも学校の用事?」
 英士はにこにこしている。
(うーん、なんだかすげー嫌な予感が…)
 結人の不安はさらに高まった。
「俺、実は彼女が出来て…。それで、明日は彼女と映画に行くことにな
「一馬! 彼女なんて! 俺はそんなこと絶対に許しませんよ!!!」
 英士は激怒し、近所迷惑になるような大声で叫んだ。
(うーん、嫌な予感が当たってしまった…)
 結人は頭を抱えた。
「ゆ、許しませんって、そんな、英士…」
 英士に頭ごなしに否定されて一馬はショックを受けていた。
「異性と交際だなんて一馬にはまだ早い。全然早い」
 英士は腕組みをして厳しい表情で言った。
「まあまあ、英士、落ち着いて」
 結人はとりあえず英士をなだめる。
「俺はとてつもなく落ち着いているよ」
 英士の目はやや据わっていた。
「一馬はきっとその子に騙されてるんだよ。その子は魔女の生まれ変わり…、いや
生まれ変わりというよりもむしろ魔女そのもの、生粋の魔女だよ。一馬は魔女に魂を売り渡すというの? 搾取されるだけ搾取され尽くして身も心もボロボロになり廃人に成り下がるのがオチだよ。とにかく付き合うのはやめなさい
 さすがに一馬は英士のこの気狂い染みた発言に反発した。
「ひどいよ、英士! 彼女のこと何にも知らないくせに!」
「まあまあ、一馬も落ち着いて」
 結人はとりあえず一馬をなだめる。
「これが落ち着いていられるか!」
 一馬は酷く傷付いた表情をしていた。
「まあ、確かにな」
「俺は一馬のことを思って忠告してるんだよ」
「とてもそんなふうには思えない。英士の言ってることは無茶苦茶だ!」
「一馬、騙されてからじゃ遅いんだよ。早く目を覚ま
「英士のバカ! もういい! 
英士なんか大嫌いだ!
 一馬はそう叫ぶとバタバタと若菜の部屋を出て行ってしまった。
「あっ、一馬〜。
 おいおい、一馬出てちゃったよ、どうすんの英士。
 …って、英士?」
 英士は一馬の『英士なんか大嫌い』発言にいたく傷付き、心臓を押さえて唸っていた。
「うーんうーん、
痛恨の一撃だ…、うーん、立ち直れない…」
「うーん、自業自得といえば自業自得だよなあ」
 結人は呆れを通り越して感心していた。
 ふと結人は、一馬がバッグを部屋に置いたまま出て行ってしまったことに気付いた。
「ほれ、届けて来な。で、フォローしてこい」
 一馬のバッグを英士に差し出しながら言うと、英士は恐ろしく強張った顔で、嫌だ、と言った。
「お前ねえ」
「嫌だといったら嫌だ」
「あっそう。じゃあ俺が届けて来るよ。いいんだな?」
 英士は無言だった。
 これ以上何を言っても無駄だと悟り、結人は一馬のバッグを持って部屋を出て行った。
 一馬は結人の家の前をうろうろしていた。きっとバッグを忘れたことにすぐ気付いたが、取りに戻るに戻れずに困っていたのだろう。
 ほら、と言いながら結人がバッグを手渡すと、一馬は小さな声でありがとうと言って受け取る。
「分かってると思うけど、英士はお前のことを心配してんだよ」
「…分かってるよ」
「ならいいけど。まあ、うざいとは思うけど、うん、ほんと死ぬほどうざいと思うけど、英士のこと嫌わないでいてやって」
 一馬は頷きながら、
(英士は俺の保護者みたいだけど、結人は英士の保護者みたいだ…)
 と思った。

 一馬を見送った後、部屋に戻った結人は、英士の何かを決意したような表情を見て不安な気持ちになった。
(また何かとんでもないことを言い出すような気がする)
 そんな結人の嫌な予感はまたもや的中した。
「尾行するよ」
「…冗談だろ…」
「明日、一馬達を尾行する。一馬に相応しい女かどうかこの目で確かめてやる」
「やめとけよ」
「結人も一緒に尾行するんだよ?」
い・や・だ!!
「嫌だもくそもないよ。
行くといったら行くんだ
 英士の目は完全に据わっていた。

(何故、こんなことに…)
 翌日結人は、柱の影に隠れるようにして駅にいた。そこは一馬と一馬の彼女が待ち合わせている駅だった。
 結人は英士に付き合う気は微塵もなかったのだが、今度何かおごってやるだの新しく出たCDを買ってやるだのという英士に乗せられてうっかり尾行大作戦に加わってしまった。昨夜一馬に電話して一馬を励ましながらそれとなく待ち合わせ場所を訊き、どこの映画館で何を観るのかまで聞き出すはめになった。
「もしかして俺って物に弱いのか?」
 結人が呟くと、
「もしかして、じゃないでしょ」
 聞き馴れた声に突っ込まれ、結人は「英士、遅い!」と言いながら珍しく遅れて来た相手を振り返った、その瞬間に結人の時は止まった。
「お前誰だよ!」
 結人の目の前にはさも怪しげな女が立っていた、…女…、女? 女のようなもの、が立っていた。しかしそれは英士だった。英士はサングラスをかけカツラ(黒くて長くて真っ直ぐ)を被った上にスカートまで履いており、おまけにマスクまで付けている始末だったので、結人が驚愕するのも無理はない。
「変装するのは当然でしょ」
「お前逆に目立っちゃってるよ!」
「全く、結人ってばどう見ても結人そのものじゃないの。駄目だなあ。変装しないと一馬にばれる。でも、大丈夫。こんなこともあろうかと結人の分も用意してきたんだよ。さあ、これを装備して!
 英士はバッグの中から帽子とサングラスを取り出して結人に渡した。
「ううう…」
 帽子もサングラスもお世辞にも今風といえるような代物ではなく、どこか怪しいオーラを発しているデザインだったので、結人はとてつもなく嫌だったが、お前もスカート履けと言われるよりはずっとマシだと自分に言い聞かせて渋々それを“装備”した。
「これでどう見ても俺達はどこにでも転がっている普通のカップルだね」
 英士は満足げに(サングラスとマスクをしているので彼の表情は読み取れないのだが)頷いた。
(目立ってる…、絶対目立ってるよ俺達…)
 結人は悪夢の真っ只中にいるような気分だった。

 二人はあっさりと一馬と一馬の彼女を発見し、ある程度の距離を置いて二人の後をつけた。
「彼女、可愛いじゃん」
 結人が一馬の彼女の見た目についてごく素直な感想を述べると、英士は即座に否定した。
どこが? あの女のどこが。一体どの部分がどのようにどう可愛いのか俺が納得いくように説明してもらおうじゃないか。さあ説明してみな、さあさあ
「…どこがって、いや、一般的に見て可愛いなと思っただけであって」
「一般的? 一般的に見るとは? そんな曖昧な表現じゃ俺はとても納得出来ないよ」
 これ以上英士を刺激してはいけないと思い、結人は何も言い返さなかった。
 一馬の彼女が、一馬の手にそっと自分の手を絡めた。一馬は驚いて彼女を見返した後、照れた様子で彼女の手を握り返す。
(お〜お〜、あついねえ)
 結人がそう思って一馬達の様子を見ていると、隣りにいる英士のマスクの奥からギリギリという歯軋りの音が聞こえてきたので、一気に恐ろしくなった。
「くそっ…、淫乱女め…」
 英士はさも忌々しげに呟いた。

 映画館に着き、英士と結人は一馬達の斜め後ろの席に座った。
 映画は恋愛ものだった。
「くそっ…、ベタな映画を選択しやがって…、マニュアル女め。映画の最中に一馬にいやらしいこと(例えば太腿を触る、さらに太腿どころか…以下略、等々)をしようとしてみろ。現行犯逮捕だ」
 英士はブツブツ呟いて、隣りに座っている若い女性に不気味がられていた。結人はつい他人の振りをしてしまった。
 映画が始まり、恋愛ものよりもアクションやサスペンスものの方がずっと好みの結人はすぐさま眠くなった。英士は、
「くそっ、暗くて一馬の様子が見えにくい。照明点けろ照明」
 などとブツブツ言って、隣りに座っている若い女性に迷惑がられていた。
 結人はすっかり寝てしまった。起きていたのはラスト三十分だけである。だがその三十分を観ただけで結人は感動し、とりあえず泣いた。とても手軽な性質である。英士は映画そっちのけで一馬達の様子ばかりを気にかけていたため、映画のストーリーも何も全く把握していなかった。
 英士と結人は映画館から出る際に、人込みのせいで一馬達を見失ったが、パンフレット売り場の前で発見した。
 一馬は映画に感動し、まだその余韻が残っているのだろう、ちょっと泣いているようだった。目が腫れている。そんな一馬を、一馬の彼女は愛しげな眼差しで見つめていた。一馬の手にはピンクの花柄のハンカチが握られている。彼女が一馬に貸してあげたものだと想像に難くない。はっきりいって二人はお似合いだった。端から見ると、二人だけの世界が出来上がっているのが分かった。また英士が歯軋りし出すのではないかと結人は思ったが、英士はただ黙って一馬達を見つめていた。

「帰ろうぜ」
 英士の様子がどこか居たたまれなくて結人がそう提案すると、英士はあっさり頷いた。
 帰り道、
「もう変装やめれば?」
 結人が言うと、英士はカツラとサングラスとマスクを外してバッグの中に仕舞った。ちなみに結人は映画館に入った直後に帽子もサングラスも外していた。
 英士はカツラとサングラスとマスクは外したものの、スカートは履いたままだったので、異様だった。
「あいつら、似合ってたよな」
「そう? 全然似合ってないよ。あの子、全然一馬と釣り合ってない」
「…お前なあ…、
 って何泣いてんだよ!」
 英士の目が潤んでいるのを見て、結人は驚き、そして呆れた。
「ほれ、使え」
 結人は英士にハンカチを差し出した。(ちなみにこのハンカチは昨日も使ったもので洗っていない。)
「うっ、そんな小汚いハンカチは嫌だ」
 憎らしい英士の台詞に結人は舌打ちした。
「くそ、許せね〜」
 結人はそう言いながら英士の頭を掴んで引き寄せ、目尻に溜まった涙を舐めた。
「泣くなよ、恥ずかしい。泣くんなら家帰ってからにしろ」
 右手で英士の頭を自分の肩口にぐっと押し付けるようにして、左手で英士の背中をぽんぽんと軽く叩きながら結人が言った。彼なりに慰めているつもりだった。
「…道でこういうことする方が恥ずかしいと思うけど…」
 結人の舌の感触が残る目元を手で押さえながら英士が言うと、結人は「確かにな」と言って笑った。
 英士はなんだかたまらない気持ちになった。
「…結人…」
「なんだ」
「結人〜!」
 英士は結人を思いきり抱き締めた。
「ぎゃー! 痛い! 痛いって! 苦しい! 内臓が潰れる!」

 結人はもう自分の家に帰りたいと主張したのだが、英士がどうしても家に来いと言うので仕方なく英士の家に行った。
 英士は普段の服に着替えて、見た目はすっかりいつも通りの彼に戻っていた。
「今日は付き合わせて悪かったね」
「まあ、いいよ」
 結人はジュースを飲みながら答えた。
「また尾行しようね」
「ぶっ!」
 結人はジュースを吹き出した。
「今日だけじゃちょっと分からないよ。まだまだ調査が必要だ」
「おいおいおい、懲りねえ奴だな」
「結人にはこれからも付き合ってもらうよ」
「絶対嫌だ。もう俺は知らない」
「ひどいなあ」
「ひどいのはどっちだよ」
「まあ、冗談だけどね。もう尾行はしないよ」
 英士は淡々とした様子で言った。
 結人の目には英士がとても寂しそうに映って見えた。一馬と一馬の彼女はとても仲良さそうだった。きっと二人は上手くいっていて、これからも上手くいくだろう。そんな気がする。英士もきっとそんな気がしてるんだ、と結人は思った。
「慰めてよ」
 英士の言葉に、結人はフンと軽く鼻で笑って返した。
「お前ってどうしようもないな。一回死んだ方がいい」
「ひどいなあ」
「あーーー、疲れた」
 大きなため息を一つ吐き、結人はごろりと寝転がった。英士がさりげなく結人の上に被さる。
「おーまーえーはー」
「慰めてよ」
「疲れたって言ってるじゃん。そういう気分にはなれねーよ」
「大丈夫。すぐそういう気分になるよ」
 英士は無遠慮に結人の服に手を突っ込んで、素肌を撫で上げた。
「ぎゃ!」
 英士の手のあまりの冷たさに結人は思わず悲鳴を上げる。

「ああもうお前ってほんとどうしようもねえ」

 結人は観念して目を閉じた。
 英士の冷たい手で触られた部分が、自嘲せずにはいられないほど熱くなっていくのを感じていた。






 

Nov.8,2001


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