オクト―バー、秋の空、夕闇は、短くて、情熱みたい、炎みたい
寒いね、燃えるようだよ、匂うように赤い空、すぐに燃え尽きて暗くなる、なんて残酷さだろう
心から、心して、心静かに、心静かな君に告ぐ
10月は悲しくて、夏の記憶も寂しく暗く冷たく凍った海の底
これからもっと寒くなる、これからどんどん寒くなる
そういや来週からさらにぐっと冷え込むって天気予報で言ってたような気がするな
夏生まれの僕は寒さに弱くてどうしよう
側に居てくれる?
でも君が側に居てくれたって寒いもんは寒い、なんも変わりゃしないんだ
あ〜あ、がっかり…(君にじゃなくて自分にだよ?)
夏生まれの僕・冬生まれの君
そして今は秋まっさかりです


October


「あー、焼き芋食べたいー中華まん食べたいー栗ご飯食べたいー柿食べたいークリームシチュー食べたいー」
「えらくたくさん食べたいものがあるんだな」
「だって食欲の秋じゃん。あーお腹空いた」
「もしかして昼食べてないとか?」
「ううん。食べたよ」
「あっそう」
「あ!」
「何?」
「すきやき食べたい」
「……」
「英士は? 英士は何が食べたい?」
「うーん。何だろう。特にこれといっては…」
「ふ〜ん、そうなんだ。あ、鍋焼きうどん食べたいなー」
「………」
「あ、あと、」
「一馬、」
「かぼちゃグラタン」
「一馬」
「なに?」
「何があったんだ?」
「何がって?」
「何かあったんだろ?」
「何かって?」
「何かは何かだよ。何かが何なのかって訊いてるの。今。お前に」
「分かんねーこと言うなあ、英士は」
「とぼけても無駄。一馬、変だよ。どうしたの」
「変なのは英士だろ」
「妙に陽気なのが、変だよ。無理してるでしょう?」
「ううん」
「『ううん』じゃないよ」
「だって何もねんだもん」
「俺に言えないようなこと?」
「英士に言えないようなことなんてないよ」
 嘘。
 いつから俺は、英士に嘘つくようになったのかな。もっと昔は、英士に嘘ついたりなんかしたことなかった。英士に嘘をつこうだなんて、考えたこともなかった。英士に嘘つく日が来るなんて、思いもしなかった。
 でも、それは、もう昔の話。
「言いたくないなら言わなくてもいいけど」
 そうやって英士は言うけど、さっきまで無理矢理聞き出そうとしてたじゃん。『何かあった?』じゃなくて『何があった?』とか訊いてくるし。英士って、たまに妙に強引なとこがあって、そういう時、俺はちょっと驚く。
「言いたくないんならもうこれ以上訊かないけど、でも気になるよ」
 ほら、また、そうやって、引く振りしながらも、まだ聞き出そうとしてるじゃないか。別にさ、言いたくないっていうか、言う程のことじゃないから言わないだけなのに。言えないのと言わないのはまた違うし。
「ほんと、何もない。ほんとに」
『ほんと』ってニ回も言ったら、逆に嘘っぽくなるってこと、身をもって今知った。俺がそうやって言ったら、それ以上英士は詮索してこなかった。けど、明らかに不機嫌そうな顔になって、口数が少なくなる。英士って、たまにすごく感情をあからさまにすることがあって、そういう時、俺はちょっと戸惑う。

 今朝、母親とちょっとした言い争いになった。
 七時半に起こしてって言っといたのに、お母さんは起こしてくれなくって。いや、お母さんは起こしたって言い張ってるんだけど。起こされた記憶が全然無い。絶対、起こしてくれてねえって。忘れてたって。で、まあ、
「起こしてって言っただろ!」「起こしたわよ!」「嘘つけ!」「起こしたって言ってるでしょ!」「起きるまで起こせよ!」「何言ってんの! お母さんだって忙しいんだから! 大体、朝くらい一人で起きなさい!」「ああもう、お母さんのせいで完全に遅刻じゃん!」「自業自得でしょ!」
 とか、そういう感じの言い争いがあったわけ。よくあることだ。他愛の無いこと。
 でも、なんか、仲直りしないまま家を出てしまったことが、学校に行ってから妙に悔やまれてきた。言い争ってる最中は、もう腹が立って腹が立って仕方なかったけど、一時間目が終わった後の休み時間、音楽室に行ってる途中(ニ時間目は音楽だった)、階段を上りながら、『あ、俺、言い過ぎたかな?』とか『悪いのは俺の方?』とか、すごい後悔し始めたり。けっこう、酷いこととか言った気もするしなあ。はっきりとは覚えてないけど。そうやって一度思い始めたら一気に膨れ上がることってあるじゃん。なんか、家帰ってから、どう振る舞ったらいいのかな、とか。ごめんなさいはちゃんと言うべきなのかな、とか。言うとしたら、やっぱ『今朝はごめん』かな、とか。ああでもなんかこっ恥ずかしいな、とか。もしお母さんに変なふうに話を蒸し返されたりしたらまたケンカになるかも、とか。…まあ、他愛の無いことなんだけど。英士が心配してるような類の『何か』なんてない。なんてことないような『何か』でしかなくて。こんなこと、なんとなく恥ずかしいから英士には言えないし。いや、ていうか、英士に言ったところでなあ。でも英士は、馬鹿にしないでどんなことでもちゃんと真剣に聞いてくれるって分かってる。ちゃんと分かってるけど、でも、ほんと別にわざわざ言うようなことじゃないしなあ。いや、でも、もうちょっと昔だったら、言ってたな、多分。多分っていうか、絶対、言ってた。なんだって言ってた。困ったこと、悲しいこと、不安なこと、嬉しいこと、楽しいこと、大きい出来事、小さい出来事、取るに足りないことでも、何でも、とにかく何でも言ってた。英士には、何でも。でも、いつまでもずっとそんな感じでいられるとは限らないじゃん。もう俺もそこまで幼くないし。言えないことも言いたくないことも言わないことも出てくるよ。そういうことを、どうやって英士に分かってもらえばいいのかな。英士は頭いいし、察しもいいから、俺の言いたいこととかすぐ理解してくれるけど、でも、今、『言っても意味ないから言わない』とか英士に言っちゃったら、誤解を招きそう。うん、それはまずいな。そういう言い方はまずい。絶対、英士、誤解するだろうな。それはまずい。

「一馬に隠し事をされる日が来るとはなあ…」
 英士が独り言みたく言った。独り言っていうか…、もしかして、嫌み? それって嫌みなのか? それとも、何となく思ったことを口にしただけで、別に何の含みもないのかな。分かんねーや。ていうか、ちょっと、英士、しつこくない?
 もしかして、
「英士、怒ってる?」
「怒ってないよ。ただちょっと寂しいな、と思っただけ」
「そっか。じゃ、いいや」
「…『いいや』って…」
「だって、怒ってんのかな、と思ったから。怒ってるんだったら嫌だなーと思って」
「寂しいのはいいの?」
「だって、『ちょっと』だろ」
「ちょっとだけど」
「なら、いいじゃん。」
「でも、寂しいよ」
「この世に全然寂しくない人なんかいねーって」
 英士だけが寂しいわけじゃないんです。そう、皆寂しいんです。そして、今は、寂しさが身に染みる秋です。だからこそ、あったかくて美味しいものが食べたいね。
 英士は、ちょっとビックリしたみたいな顔してた。
 冷たい風が吹いて、俺は小さく身震いをする。
「寒いなあ、ほんと」
「マフラーして手袋もしてるのに寒いの?」
「うん。」
「一馬、今からそんなだったら真冬になったらどうする気?」
「コート着る」
「あっそう」
「あと、カイロ」
「ふうん」
 また、冷たい風。
「寒いー」
「一馬って寒がりだね」
「夏生まれだから」
「そういうのって関係あるのかな?」
「俺はあると思うな。だって、英士は夏嫌いじゃん。冬生まれだから」
「うーん」
「あ、そういや、英士ってまだ誕生日来てないんだ」
「うん」
「俺のが年上なんだなー、まだ」
「そんな嬉しそうな顔して言うことじゃないだろ」
「でもなんか嬉しい」
「そんなことで得意になったりするようなとこが子供なんだよ、一馬は」
 ムッカ〜。
『そんなことで得意になったりするようなとこが子供なんだよ』とか言って得意になったりするようなとこが子供なんだよ、英士は。
 なーんて。言えないけどさ。

別れ際、英士が言った。
「一馬、何かあったら、…例えば困ったこととか辛いこととかあったら、勿論嬉しいこととか楽しいこととか、そういうこと、大きいことでも小さいことでも、なんでも、何かあったら、それで、その何かを聞いてほしかったら、いつでも言って。俺に」
 そう言ったときの英士の口調はけっこう軽かった。表情も柔らかかった。でも、すごく、重たいくらいの真剣な響きがあって。英士って、そんなに俺のことが心配なのかな。俺ってそんなに頼りないのかな。そりゃ、英士や結人に比べたら頼りないかもって、自分でも分かってるけど。英士って、なんか、俺の保護者みたいだなあ…。
「うん。言う。今までもずっとそうだっただろ」
 ここで俺が、『お前のこと頼りにしてるんです』って、ちゃんと英士に分かるような態度とっとかないと、英士ってば傷付いたりしそう。そういうのって怖い。重い。なんか気ぃ遣っちゃうな。
「夜中に電話くれても全然いいから。俺は一馬のところにすぐ行くよ」
 う。
 や、そんな。まいったな。ほんと。なんか。まいる。困るっていうか、照れるっていうか、どうしたんだよお前はっていうか。いや、まあ、嬉しいんだけど。
 まいったなあ…。
「うん。ありがと」
 そう答えたら、英士は俺の頭を優しく撫でた。
 おい。ちょっと、もう…。ほんと子供扱い。いいけどさ。別に。
 でも一応俺の方が年上なんですけど。(学年は一緒だけど)
 一応俺の方が背高いんですけど。(ほんのちょっとだけど)(や、ていうか、背は関係ないか)
「一馬」
 何、英士、まだなんかあんの?
「じゃ、また」
 あ、そ。別れの挨拶くらいでそんな溜めんなよ。何言われるのかと思って身構えちゃった…。
「ん。またな」

 さっきまで、赤かった空が、今はもう暗い。ほんと暗くなるのが早くなったなあ。夕暮れ時って好きなのに。景色が真っ赤になってる時間帯って好きなのに。すごく短い。寂しい。寒いし。でも、頬がちょっと熱くて。右の手袋脱いで、確かめるように自分の頬を触ってみたら、やっぱり熱かった。英士のせいなんだろうな。たぶん。英士が色々言うから。
 脱いだ手袋を再度はめる。あー、寒い。コート着てくりゃ良かった。あ、でも、さすがにそれはちょっと早いか。でも寒い。あとお腹空いた。足早に家路を急ぐ。
 自分ちから良い匂いが漂ってきているのに気付いた。やった! 晩飯はクリームシチューだな、きっと。美味しそうな匂いに食欲を刺激されて、胃が疼く。期待で胸がドキドキいった。
 俺は勢いよく家のドアを開ける。
「ただいま!」










終わり



Oct.23,2000


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