『騙すも一興、騙されるも一興』
騙し騙され恋し恋され夢見て浮つきめくるめくめく…、
青春時代1.2.3!
「一馬、顔になんか付いてる」 「え、どこ?」 結人に指摘され、一馬は自分の顔に手をやった。 「取ってやるよ」 ちょっと目閉じて、と結人が続けて言い、一馬は結人の言葉に従って目を閉じる。一馬が目を閉じた次の瞬間、結人は一馬の唇に自分の唇を押し付けた。 「ギャー!」 思わず叫び声を上げる一馬。焦る一馬を前に、結人はギャハハハハ、とこれでもかというくらい愉快そうに笑う。 「何すんだ、てめえ!」 「バッカだな〜、お前。この手にひっかかるの二回目じゃん。学習能力ってもんがないのかね」 「ぜったい許さねえ!」 「あはははは。しかしなあ、俺はお前の今後のことが不安だよ、ほんと。こんな騙されやすくって大丈夫かよ」 「余計なお世話だよ! バカ!」 「なんだよ、人がせっかく心配してやってんのに。可愛くねえなあ」 「いつか殺す!」 「いいよ〜、別にー、一馬になら殺されても〜」 そう言って、結人はまたギャハハハハ、と笑った。 「結人、お前って奴は…」 一通りの怒りの後、一馬に訪れたのは結人に対する呆れだった。 「俺はお前たちと一緒にいるのが恥ずかしいよ」 結人と一馬のやり取りを傍目に見ながら英士が言った。 「『お前たち』って何だよ、『たち』って! 今のって結人が一方的に悪くないか!? 俺は全然悪くないじゃん!」 英士の言葉に、心外だというように一馬が反論する。 「な〜んだよ。騙す方も悪いけど、騙される方も悪いに決まってるじゃん」 結人は、さも当然そうに言った。 「そんな不条理なことがあってたまるか!」 息まく一馬。 「ムキになんなよ、こんくらいのことで」 余裕の結人。 「だから恥ずかしいんだってば。あんまり騒がないでよ」 他人の振りをしたくてたまらない英士。 道を歩きながらのやり取りだった。 ふと、ちょっとした段差につまづいて、一馬が足元をよろつかせた。素早いタイミングで、隣りを歩いている英士が、よろめく一馬の腕を掴む。 咄嗟のことに声が出ず、数秒の間を置いてから、一馬は「あ、ごめん、ありがと」と英士に言った。 「何やってんの、お前」 こけそうになった一馬の様子に、結人は遠慮なく声を上げて笑った。 「わ、笑うな、ばか!」 「ちゃんと足元に気を付けて歩きなよ。危なっかしいんだから…」 淡々とした口調で、英士は一馬に「大丈夫? ケガは?」と続けて聞く。 「何言ってんだか。大丈夫に決まってるだろ。ケガなんかしてるわけないじゃん。ちょっとこけそうになっただけなんだから!」 一馬が答えるべきところで結人が思いっきり答えた。 「いや、結人じゃなくて一馬に聞いたんだけど…」 「お前さっき、『郭くんてば何気に優しい…、ちょっと胸キュン★』とかときめいたりしなかった?」 小さく抗議してくる英士を無視して、結人は一馬に話を振る。 「お前な〜」 一馬が、元から吊り上がった目をさらに吊り上げて睨んでも、結人は全く堪えていない様子だった。 「あ〜、やだやだ。普段冷たい人間がたまに気まぐれで優しさ見せたりすると、急に株上がっちゃったりすんだよなー。そういうのって誤解なのにさ。一馬、英士なんかに騙されてんなよ〜」 結人はどこか意味深に笑った。 「何だよ! 人を騙してんのは結人だろー!」 「分かってないなあ。ほんと、一馬は分かってないんだから。そう思わねえ? な、英士!」 同意を求める結人の耳を、英士が軽く引っ張る。 「もう、いい加減にしなさい。うるさいよ」 「うっわ、いって〜! マジいて〜! 耳がちぎれる! 暴力反対! 英士ひどい!」 結人は大げさに騒ぎ立てた。 「大体、結人はさ、もう、無茶苦茶だよ。『俺様!』っていうか? すっごいんだもん、アイツって。無茶苦茶過ぎる」 結人の不在を良いことに、一馬は英士の部屋で、いかに結人がとんでもない奴であるかを主張する。 当初の予定では、結人も英士の家に来る予定だったのだが、途中、結人の携帯が鳴り、電話での短いやり取りの後、結人は二人に向かって「悪い。ちょっと急な用事が入った」と告げたのだった。「どうせ彼女だろ」とちょっと苛立った顔で一馬が言うと、結人は「いや、じーちゃんが危篤なんだって」と真面目な顔で答えた。「えっ!?」途端にうろたえる一馬。「うっそだよ〜。」笑いながら結人は一馬の額をペチッと叩く。「…!!」一馬が言い返す前に、結人は身を翻して既に二人に背を向けていた。「そんじゃ、またなー!」結人は軽く手を振りながら大きな声で別れの言葉を口にした。 「ほんとアイツいい性格してるよ…」 結人の言動を思い返しているうちに、一馬は諦めにも近い気持ちになってきてため息を吐く。 英士は、雑誌に目を落としたまま、たまに軽く相槌を打ちながら一馬の話を聞いていた。 「…ていうか、お前、俺の話聞いてる?」 「聞いてるよ」 心外だ、というように英士は雑誌を見るのを中断して、顔を上げて答えた。 「俺ってさ、騙されてないよな? お前に」 いきなりそんなことを口にする一馬に、英士は一瞬驚いて、その後思わず苦笑がもれそうになって、その苦笑を無理矢理飲み込んだ。 「騙してないよ」 と、英士が極めて簡潔で明瞭な返答をすると、 「そっか。だったらいいんだけど」 一馬は明らかにほっとしたような表情になった。あまりに簡単に人の言葉を鵜呑みにする一馬に、英士は苦笑したい気持ちを越えて一抹の不安すら覚える。 「なんだか心配になってきた。一馬、道で知らない人に声かけられても、ついて行ったりするんじゃないよ。お菓子くれても」 「なんだよ、それ!」 英士は少し笑ってから、なだめるように柔らかく一馬に口付ける。 「なんか…、やっぱ、騙されてる気がしてきた…」 唇が離れてしばらくしてから、一馬が呟いた。 「気のせいだよ」 「気のせいかな」 「気のせい気のせい」 もう一度キス。 「ね、気のせいみたいな気がしてきたでしょ?」 「…うん、気のせいみたいな気がしてきた…」 甘ったるい雰囲気が、ちょっとした不安や疑問をないがしろにしていく。少し引っ掛かるような思いを感じながらも、一馬はおずおずと英士の背に手を回した。 それから二日後。結人と会った一馬は、「結局、あの電話、彼女からだったんだろ?」と先日のことを蒸し返す。結人は誤魔化すように少しだけ笑って、その問いには答えない。 そして、そんな結人の口から零れた台詞は、今の話題とは全く関連性のないものだった。 「あ、一馬、顔になんか付いてるよ」 「…その手にはもう乗らねえ」 一馬はむっとした表情で、低い声で答えた。 「ほんとなのに」 「嘘つけ」 次の瞬間、結人がいきなり一馬の顔に手を伸ばす。一馬は思わず身を引いて、反射的に目を閉じた。 数秒して目を開けた一馬の目の前にまず映ったのは、突き出された結人の右手、 の親指と人差し指で摘まれている白い糸くず。 「これは何だ? 一馬、え、これは何なんだ? 言ってみ?」 糸くずを一馬の目の前で、それ見ろといわんばかりに左右にチラチラと揺らしながら結人が凄んでみせた。 「…糸くず……? か、な…」 「『かな』〜?」 「…糸くずです」 「そう。これは、まさしく、明らかに、絶対的に、どう見ても、糸くず。一馬の顔に付いてたよ? 親切にも取ってあげようとしたんだよ? それをお前、人を嘘つき呼ばわりして。あ〜、傷付いた。俺、すっごい傷付いたんですけど〜!」 結人は圧倒的優位に立つ者の堂々たる様子で意見を主張する。 「悪かったよ。俺が悪かったって」 謝りゃいいんだろ、というように仕方なさそうに一馬が言った。 「その誠意の無い言い方は何だよ。やんなっちゃうよな〜」 あまりの結人の態度の悪さに一馬は思いっきり腹が立ってくる。 「なんだよ! 大体、お前の普段の行いが悪いせいだろ!?」 「行い? 悪くないよー、俺は。悪い行いにふけってんのはお前と英士なんじゃないの? お前らって、部屋で二人きりん時とか何してんのか分かったもんじゃないもん。怖いよなー、ほんと」 「な、な、なにを…なんの話だよ!」 一瞬一馬は唖然とし、その後、動揺を隠し切れない様子で口をパクパクさせた。 「お〜、露骨なリアクション。お前ってほんと嘘つけないね。だから騙されるんだよ」 結人がそこまで言うと、一馬は俯いてしまった。 あ、ちょっとからかい過ぎたかな、なんて、さんざんからかってしまった後で結人は少しだけ反省した(否、別に反省はしてない)。 うつむいたままボソッと一馬が言葉を発する。 「俺って、…英士に騙されてんのかな…」 「『英士になら騙されてもいい…』、とか思ってるクチのくせに〜」 「思ってねえよ!」 (ほんとこいつって騙されやすいヤツ) 結人は心の中で舌を出した。実はさっきの糸くずは、結人の袖口に付いていたものだった。一馬が反射的に目を閉じてしまった瞬間に、自分の服に付いていた糸くずを素早く手に取って、一馬に『お前に付いてた』と真正面から堂々と凄んだのだ。堂々と嘘をつけば、嘘を悟られにくい。結人は、そういうふうに嘘をつくのに慣れていた。慣れているので罪悪感もあまりない。 一馬見てると、すごく思うよ。騙す方も騙す方だけど、原因作ってるのは騙される方なんだよな。そう、大体の場合において、騙されやすい人間っていうのは、こう、無意識のうちに『騙して下さい』みたいなフェロモンのようなそういうものを発してるわけ。だから、騙されて然るべきっていうか。そういうわけなんだよ。一馬は、騙されて当然! 騙されてなんぼ! 俺も英士も一馬を騙して当然! 怒る一馬を前にして、結人はそのようなことを考えていたのだった。 今後も真田一馬(14)の苦難が予想されてならない。 ・終わり・ |
Sep.20,2000
タイトルはプッチモニの!
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