―赤縄―

明星中の名物夫婦!?




秋も深まり冬の到来すら感じさせるような気候になってまいりました。11月の初め、今日は明星中の文化祭です。


 鳴海のクラスは文化祭の出し物でシンデレラの劇をやった。二学期に入ってから練習していただけあって、本番では今までの練習の成果を遺憾無く発揮し、完璧といっていいほどの劇を披露した。幕が下りる際には観客から大きな拍手が巻き起こった。舞台に立って演技をした者も、大道具や衣装係等の裏方に回った者も、込み上げてくる達成感で胸を熱くし、王子役をやった学級委員(女子)などは、感極まって涙が止まらなかったほどだ。
「いや〜、上手くいって良かった良かった!」
 引き摺りそうなほど丈の長い蛍光紫の派手なドレスを身に纏ってガハハと笑っている図体のでかい男。鳴海貴志である。彼はこの劇で意地悪な姉(長女)役をやった。本番では(練習中でもそうだったのだが)アドリブを入れまくり、クラスメイトを困惑させつつも大いに劇を盛り上げた。シンデレラに対するいっそ清々しいほどの強烈な意地悪ぶりが観客の心を動かし、笑いのツボを刺激し、文化祭が終わってからも「あの長女役の、でかくて髪の長い男子が良かった」などと感想を囁き合う者達が跡を絶たなかったほどである。
「はいはい、鳴海ちゃん、あんたでかいんだから後ろ行って、後ろ! いや、待て、やっぱそこでいい。屈んで屈んで!」
 カメラを構えている女の先生が、一番前の真ん中で仁王立ちになっている鳴海に注意をした。彼女は鳴海のクラスの担任で、写真が趣味である。シンデレラ上演中は観客の邪魔にならない位置からずっと写真を撮り続けていた。ビデオで撮ってくれたらいいのに、と生徒は意見したのだが、担任は「いや、写真の方が記念になる」と言ってきかなかった。
 今は、無事劇を成功させた生徒全員が教室に集合して記念撮影中である。舞台に立った者を中心にして、クラスのみんながずらりと並んでいる。
「はい、みんな笑って〜!」
 シャッターを切る音がすると同時に、フラッシュが教室内を一瞬だけ眩しいくらいに明るく照らした。

 記念撮影が終わり、生徒は更衣室に着替えに行くため、あるいは着替えないまま他の催し物を見に行くため、ぞろぞろと教室から出て行った。
「お前ものすごーく悪目立ちしてるな」
 教室を出たところで鳴海に声を掛けたのは、幼馴染みの設楽だった。
「悪目立ちゆうな!」
「で、どうだった?」
 どうだった? というのは、鳴海のクラスの劇について訊いているのだ。
「大成功」
 ピースサイン。鳴海はにやりと笑いながら即答した。
「そりゃ良かった。ご苦労さん」
「あ〜も〜設楽にも俺様の大活躍を見てほしかった!」
「お前脇役じゃん。意地悪な姉役だろ」
「脇役ゆうな! 目立ってたんだよ!」
「だから悪目立ちだろ」
 設楽は必死で主張する鳴海を疑わしげな眼差しで見た後、ふとため息を吐いた。
「仕方ないだろ。店番の時間帯だったんだから」
「お前のクラス、飲食店やってるんだっけ」
「飲食店…、うん、まあ、ていうか喫茶店?」
「どっちも一緒じゃん」
「喫茶店じゃなくてカフェだよカフェ」
 ちょうどそこを通りかかった女子が、設楽に突っ込んだ。
「どっちも一緒じゃん」
 設楽が言い返すと、「全然違う!」と反論し、「五時からの打ち上げ出てよね」と言い残して女子は去って行った。
「さっきの、お前のクラスの…」
「山田」
「なんだよ、友達なのかよ山田さんと! あの可愛い山田さんと!」
「別に友達ってわけじゃないけど。可愛いか?」
「めちゃくちゃ可愛いだろ! ていうか仲良さそうに話してるしー」
「別に仲良くないって。同じクラスなんだからあれくらいの会話するだろ普通。それに席隣りだし。 …可愛いかなあ」
「おいおい席が隣り!? マジかよ! 紹介しろよ紹介! …可愛いってば!」
「あほか」
 設楽は心底呆れた。鳴海はまだしつこく紹介しろとギャーギャー騒いでいる。
「それにしてもお前、ほんとに派手だな」
 設楽は改めて鳴海の衣装をまじまじと見つめながら言った。
「へっへ〜、可愛いだろう〜」
 鳴海は設楽の“派手だな”という台詞を誉め言葉と取って機嫌を良くし、長いスカートを手で少し上げてくるりと一回転してみせた。
「可愛いっていうか怖いけどな」
「お前失礼だぞ!」
「でもまあ悪くない」
 そう言って設楽は鳴海を上から下までじっくりと眺めて頷いた。
「…俺、着替えて来よっかな…」
 設楽の視線に何か不吉なものを感じた鳴海は、背を向けて去ろうとした。
「せっかくなんだから今日は一日その格好でいれば?」
 設楽は鳴海の腕を掴んで引き止めようとしたが、その腕を振り払って鳴海は駆け出した。
「あっ、おい! 何逃げてんだよ!」
「なんか嫌な予感がするからだよ!!」
 突然走り出した鳴海を設楽が追いかける。鳴海は絶対に掴まってなるものかと人込みを掻き分けながら逃げた。“廊下を走ってはいけません”壁の貼り紙が空しい。今日は文化祭で、校外の人達も学校に訪れ込み合っているというのにこんな追いかけっこを繰り広げる二人は迷惑以外の何物でもなかった。
(くっそ〜、走りにくいぜ!)
 スカートを持ち上げながら鳴海は必死で逃げたのだが、廊下の真ん中で設楽にスカートの裾を踏まれて派手にこけた。が、鳴海は咄嗟に受け身を取ったので、怪我は免れた。
「さすが」
 設楽は感心したように一言言って、怪我はしなかったもののうつ伏せになってなかなか立ち上がれないでいる鳴海のすぐ横に立った。
「てめえ…」
 鳴海が文句を言おうとすると、設楽は右足で鳴海のスカートをめくり上げ、「なんだ。下、短パン履いてるんだ」と、さもつまらなさそうに言った。
「ぎゃーーーー! 痴漢!!」
 鳴海は設楽の足を手で叩いて払い、スカートを直して裾を足の間に挟み込むようにして廊下に正座した。
 こんなに大騒ぎしているのだから、鳴海と設楽は思いきり周りの人々に注目されていた。二人の様子に人々は大受けしたり苦笑したりだった。とにかく大いに笑われていた。
「オイオイ、みんな笑ってる場合か!? これは暴力だろ暴力! 暴力を見逃していいのか!? みんな! 俺を助けろ!」
 鳴海は廊下に正座したまま声高に叫んだ。鳴海のその台詞に周りの人々はさらに受けたようだった。
「いつまで座り込んでんだよ。ほら立て」
 設楽は鳴海の腕を乱暴に引き上げ、そのままずるずると引っ張るようにして廊下を歩いて行った。
「ギャーーーーーー! 助けてえーーーー! 犯されるうーーーー!」
 鳴海の悲鳴が廊下にこだました。

「面白いよなあ、あのコンビ」
「一組の設楽と四組の鳴海だろ? あいつら小学校のときからあんなだぜ」
「まじで? 受ける!」
 鳴海と設楽が去ってしまった後、彼らのやり取りを見ていた生徒は笑いながらそんなことを言い合っていた。

・・・
 所変わって社会科資料室。
「こんなところに私(わたくし)を連れ込んで一体何をしようというんでしょうか」
 結局鳴海はあのままずるずる設楽に引き摺られるようにしながら移動し、気付けば四階にある社会科資料室に来ていた。この階にある教室では何も催し物は行われていなかった。
 四階には音楽室もあり、そこから吹奏楽部の奏でるメロディーが聞こえている。吹奏楽部は、一時間後に体育館で行われるコンサートを控えており、それに向けての最後の練習をやっているようだ。
「やることは一つしかないんじゃない?」
 言いながら設楽はドアの鍵を締めた。資料室はひどく埃っぽい匂いがしてどこか薄暗く、鳴海は、どうせだったら保健室とかが良かった、ベッドもあるし、と思った。
 設楽は鍵がちゃんと掛かっているか神経質そうな手付きでドアノブを二、三回回して確認すると、鳴海の前までずんずんと歩いて行き、突き飛ばすような勢いで鳴海の肩を両手で押した。まさかそんな乱暴な扱いを受けるとは思っていなかった鳴海は床に思いきり倒れ、頭を打ってしまう。後頭部の痛みをはっきりと認識する間もなく、設楽が体の上に乗って来た。さすがに文句を言おうと鳴海が口を開けた途端に、設楽は鳴海の唇に噛み付くようにして口付けた。無遠慮に入り込んでくる設楽の舌を噛みちぎってやったらどんなにかすっきりするだろう、そんな思いが一瞬鳴海の頭を過ぎったが、設楽の思いやりのない乱暴なキスは鳴海にとって決して不快なものではなかった。じわじわと頭痛がしてきて、鳴海は頭の中がぼんやりとしてくるのを感じた。その感覚は、後頭部打撲のためだけではない。
(そうか、保健室は駄目だ。文化祭つってもきっと保健の先生がいるよなあ)
 鳴海がそんなことを考えていると、設楽は鳴海の胸に手を当て、「胸がある」と呟いた。
「偽乳(ニセチチ)だよ」
 鳴海はドレスの胸元を手で引っ張って広げ、胸の詰め物を出して設楽に見せた。
「いる?」
 冗談ぽく鳴海が訊くと、「いらない」と設楽は即答し、鳴海の手から詰め物を取り上げて部屋の隅に投げた。設楽の手が鳴海のスカートの中に潜り込み、下に履いていた体操服の短パンを下着ごと脱がされて、鳴海は息を呑んだ。
「お前も女装してたら面白かったのに。二人とも女装してこういうことするんだよ、ハハ、受ける」
 ふと鳴海が発した台詞に、設楽は手を止めた。
「倒錯の世界ってやつか。悪くない」
「ま、今でも充分倒錯的だけどな」
 そう言って鳴海が笑うと、設楽も少しだけ笑った。
「確かに」

(あ、この曲、どっかで聞いたことがあるな。でもタイトルは分からない)
 絶え間無く口付け合いながら、鳴海はそんなことを思っていた。音楽室から聞こえてくるメロディーが、どんどん遠くなっていくのを感じた。


・・・
 どのくらいの時間が経ったのか、目が覚め、起き上がろうとして鳴海は思わず呻いた。
「いてててて…」
 どこで意識が飛んでしまったんだろう、と思い返そうとしたが、思い出すのが恐ろしかったり恥ずかしかったりしたので、鳴海は咳払いを一つして思考を中断し、痛む体をゆっくりと起こした。
 資料室に鳴海は一人だった。設楽はいない。
(あいつ、どこ行ったんだ)
(あ、俺、ちゃんとパンツも短パンも履いてるし。あいつが履かせてくれたんだろうな。うーん、恐ろしい…)
(ていうか、ほんとあいつどこ行ったんだよ)
(…信じらんねえ)
(あんなことやっといてこんなとこに人を放って置くなんてあいつは悪魔か?)
(どこ行っちゃったんだろう…)
 怒りと悲しみがどっと胸に押し寄せて、鳴海はどうしようもない気持ちになった。
 その時カチャリとドアの開く音がして、設楽が入って来た。設楽はジュースの入った紙コップとケーキの乗った紙皿を手に持っている。設楽は、床に座っている鳴海に「食うだろ?」とジュースとケーキを差し出した。
「信じらんねー…」
 非難の眼差しで設楽をじっと見つめながら鳴海が小さな声で言った。
「何が?」
「信じらんねーよっ」
「だから何が」
「人のことほっといて…」
「でもちゃんと帰って来たじゃん。しかも手土産まで持って」
 設楽は自分のクラスの模擬店の商品であるジュースとケーキに目をやりながら言った。
「普通側に居るだろ。それか出て行く前に起こして一言言うとか書き置き残すとかするだろ」
 鳴海がさも不満そうに文句を言っている途中で、設楽は聞こえよがしにため息を吐いた。
「あっ、何ため息なんか吐いてんだよっ!」
「お前ついさっき目覚めたところだろ? ちょっとしか待ってないだろ?」
 何勝手に決め付けてんだよ! と反論したいところだったが、実際に設楽の言う通りさっき目覚めたばかりの鳴海はなかなか言い返せなかった。
「俺はお前のことなら大体分かる」
 設楽は何でもないことを言うようにさらりと言い放った。
「分かるからいいんだ。だから、ちょっとくらいのことでそんな怒ってんなよ」
(何て勝手な奴だ…!)
 鳴海は設楽の言葉に唖然とした。
「食べないんだったら俺が貰うけど」
「食うよ!」
 設楽の手からジュースとケーキを奪い、鳴海はガツガツと食べた。
(そういえば、すげー腹が減ってたな…)
“お前のことなら大体分かる”と言った設楽が憎らしくて仕方なかった。

「今頃体育館で演奏会やってんのかな。聴きに行ってみる?」
 すっかり食べ終わった鳴海に設楽が提案した。少し間を置いた後、鳴海は「いや、いい」と返答する。
(だって、なんか、演奏聴いたら色々思い出しそうだしな)
 そんな鳴海の思いを読み取ったのか、設楽は少しだけ笑った。
「おい、お前、何笑ってんだよ!!」
「別に」





おしあわせに!

 

Nov.15,2001



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