頼むよ、僕を、すくってくれないか

 君のその、スプーン






僕は
みどりいろの
ゼリー
なんだ

メロン味

見せかけて
実は
ミント味
なんだ







・・・・・・
「あー俺、明後日、駄目んなったから」
 突然のキャンセルは珍しいことじゃなかった。
「え〜!」
 一馬が思いきり不満げな声を上げる。
 明後日は三人で映画を見に行くことになっていた。先週からそういう約束になっていた。俺も昨日の晩までは、そうするつもりでいた。でも今朝、急に嫌になったんだ。本当に急だった。別にこれといった理由は無い。明後日のことを思うと気が滅入って胸がむかむかしてきた。英士の家に向かう途中、どういう言い方で約束を断るかをずっと考えてた。
「じゃあ別の日にする?」
 壁に掛かっているカレンダーを見ながら英士が言った。
「や、いいよ。二人で行って来て」
 そう? と軽く聞き返してくる英士に頷いてみせる。こういうとき英士はあまり深く追求してこない。
「なんで明後日駄目なんだよ」
 こういうとき一馬は深く追求してくる。
「まあ、俺にも色々あるんだよ」
 適当に流すと、一馬はさらに不機嫌になって、色々って何だよ、と食い下がる。ほんと面倒臭い奴だ。
「家庭の事情ってやつ」
 仕方ないから適当に嘘を吐くと、一馬が急に大人しくなる。聞いちゃいけないことを聞いてしまったみたいな顔をして黙り込んでしまった。そんな様子に思わず吹き出してしまいそうになるのを我慢する。ほんと何でも真に受けるんだから。
 ふと感じる英士の視線。俺の見え透いた嘘なんか、英士はちゃんと見抜いてる。ちょっとだけ非難を込めたような視線で俺を見てるに違いない。そんなの痛くも痒くもないけれど。明後日は一馬と二人きりで映画だよ、英士。おお、まるでデート!英士は俺に感謝すべきだと思う、ほんとに。というわけで感謝の気持ちを物で表明してもらおうと、全く手を付けられていない英士のケーキの上に可愛らしく乗っかっている真っ赤な苺にフォークを突き立てようとした瞬間、
「こら」
 英士にペチンと手を叩かれた。
「すぐ何の了承も無く人のものに手を出す」
 呆れたような英士の表情。
「なーんだよ。だってお前さっきから全然食ってねーじゃん。だからいらないのかと思って」
「勝手に決めるなよ。お前ほんとに図々しいよ。その図々しさなんとかした方がいいよ」
「お前ねー、そういうことを素で言うなよ、素で。もうちょい、こう、優しさっていうか気遣いっていうかそういうのが感じられるものの言い方ができないもんかね。ああ英士と話してるとむかつく」
 そんなくだらない俺と英士とのやり取りの最中、一馬は自分のケーキをフォークで突付いていた。まだ拗ねてんのかなあ。ほんと子どもなんだから。
「何だよ、一馬、ケーキ食わないんだったら食ってやろうか?」
 一馬のケーキに手を伸ばそうとすると、一馬は咄嗟に皿を両手で移動させた。
「油断も隙もねえな」
「わはは」
 やっと明るい雰囲気になってきたな、と、ほっとした直後、
「最近結人、付き合い悪くねえ?」
 蒸し返すようなことを一馬が呟いた。くそ。
「そっかな〜」
「ここのところ鳴海と仲良いよね」
 コーヒーを一口啜ってから英士が言った。
「仲良いってほどでもねーけどな」
「鳴海!? 俺あいつ嫌い!」
 一馬の口調からはあからさまな嫌悪が感じ取れる。まあ、一馬は苦手だろうなあ、鳴海みたいなタイプは。
「そういう言い方してんなよ。お前感じ悪いよ」
 咎めるような口調で一馬に言った。別に本気で非難してるわけじゃなかった。こういう言い方をすれば一馬は絶対に傷付く。そんなことは分かりきっている。ちょっとした意地悪のつもりだった。案の定一馬はしゅんとした様子で俯いて、またケーキをフォークで突付き出す。子どもみたいだと思う。一馬が、じゃなくて、自分が。こんなふうにして簡単に誰かを傷付けてしまう。傷付けてしまうと分かっていてやってしまう。自分がどういうふうに言えば相手がどういうふうに傷付くのか分かる。分からないでやってはいけないことをやってしまうのも子どもみたいだけれど、分かっているのにやってしまうのも子どもみたいだと思う。
 ああ英士の非難に満ちた視線を感じる。
 こういうシチュエーションは今までに何度もあった。俺がくだらないことで一馬を傷付ける。英士はその度に責めるような眼差しを俺に送るのだ。陰湿な男だよな。はっきりと口で言えばいいのにさ。一馬がいる前で。

 何ともいえない空気が漂っていた。息苦しい雰囲気。空気が重さを持っている。重たい空気が鼻を口を塞ぐ。重たい空気が肩にのしかかる。こういうとき、空気を変える一言を発して場を明るくするのは俺の役割だ。空気を重くする切っ掛けを作るのも自分、空気を明るくする切っ掛けを作るのも自分。三人の間の空気を勝手に支配しようとしてる自分。俺がこんなふうなのは、俺に支配力があるせいじゃない。俺が子どもだからだ。微妙なバランスで成り立っている仲良し三人組。俺に限らず英士だろうと一馬だろうと簡単に言葉一つで三人の空気を暗くも明るくも出来る。ただそんなこと進んでしようとしないだけであって。俺はそういうことをしちゃうんだ。特別に悪意があるわけじゃない。まるで何かを確かめるみたく空気を支配しようとしてしまうことがある。(でも何かって何? 何を確かめるために? そもそも俺達の間に確かめなければならないものなんて存在しうるのか。そもそも『確かめる』とは一体どういうことだ?)

「ちょっとトイレ借りる」
 沈黙を破ったのは一馬だった。静かに立ち上がって部屋を出て行く。きっとこの雰囲気に居たたまれなくなったんだろうな。こうやって、一馬は、すぐに逃げ出す。バタンとドアの閉まる音がして、より一層重たい空気が部屋に訪れた。
 ああ英士に何か言われるな、と思ったけど、英士は何も言わなくて。でも何か言いたげな雰囲気が英士の体から噴き出しているような気がして居心地が悪かった。
 自分からは迂闊なことは言い出すまいと思っていたのに、居たたまれなさに耐えかねてつい口を開いてしまう。
「言いたいことがあれば言えば」
「言いたいことなんか何もないよ」
「うそつけ」
「お前こそ言いたいことがあるなら言えばいいだろ」
「別に言いたいことなんかねーよ俺は」
「うそだね」
 冷たく断定的な英士の口調にかっとなった。感情的になりたくないのに。
「お前ほんとに何が言いたいんだよ!」
「その台詞そっくりそのまま結人に返すよ」
 胸の中と頭の中が熱い。苛立ちで論理的な思考が出来なくなってきている。今この淡々とした口調で自分をむかつかせている目の前の男に対して言い返そうと口を開けば大変なことになるような気がした。きっととんでもない暴言を吐いてしまうだろう。言ってはいけないことを言ってしまうだろう。取り返しのつかないことを言ってしまうかもしれない。それは避けたい。
 怒りと苛立ちの感情に流されそうになるのを必死で堪えた。残り少ないケーキに、ぐさりとフォークを突き刺して口の中に放り込む。ほとんど噛まずに飲み込むようにして食べてしまった。
 飲み込もう、飲み込んでしまおう、
 ケーキと一緒に、甘さで誤魔化して、反論の台詞も苛立つ気持ちも全て飲み込んでしまえ。
「ごめん」
 突然英士が小さな声で謝った。驚いて英士の方を見ると、向こうはまっすぐな視線を返してくる。適当に口先だけで謝っているんじゃないことは目を見れば分かった。
「ごめん、ちょっとむきになった」
 少しだけ苦笑しながら英士が言った。
「……」
 いいよ別に、と言おうとしたけど口に出来なかった。あまりにも英士の態度が大人っぽくて、というか、英士がまるで子どもに接するような優しい口調で言うものだから、なんか、どうしようもないような気持ちになった。悔しいような悲しいような、だけど胸の中があったかくなるような、でもどっかチクチクするような、そんな気持ちになった。
 英士が自分のケーキの苺を俺の皿に移した。
「まあ、これで許しておいてよ」
「食べ物で誤魔化すとは」
「だって結人食べ物に弱いだろ」
「うん」
「誤魔化されてくれる?」
「うん」
 皿に載せてもらった苺を早速手でひょいと掴む。
「お行儀悪いよ。ちゃんとフォーク使って食べなさい」
 母親みたいなことを英士が言った。英士はいつもこうだよ。何の躊躇もなく当然みたく俺や一馬を子ども扱いするんだから。自分のこと大人だと思ってるんだろうなあ、英士は。そういうとこが子どもっぽいと思うんだけど。
「英士、ちょっと見てて」
 手に取った苺を上に投げて、口で受け止めてみせた。我ながら上手くいった! かなり高く苺を上げたし、口でキャッチする際にもちっとも無理がなかった。甘酸っぱい苺の味を堪能しつつ、どうだ、というように英士を振り返ると、奴は口を開けて笑ってた。
 これで仲直り。簡単なもんだね。
 そんなことしてるうちにやっと一馬が戻って来る。
「おっそい、一馬! 何やってたんだよ!」
「そういうふうな訊き方しちゃ失礼だよ、結人」
「ああ、そっか、失礼だよな、わりーわりー」
 下品な笑いを零す俺に一馬が怒った。
「なんだよ、もう!!」
 きっとトイレん中で一馬は悩んでたことだろう。部屋に戻ってどういうふうに振る舞えばいいのかとかそういうことを考えて悶々としてたに違いない。
 分かってる。そういうの、ちゃんと分かってるよ。

 くだらない話をしたりテレビを見たりしてるうちに六時半になって、外も大分暗くなってたからそろそろ帰ろうかということになった。
 英士の家を出て少ししてから、何でもないふうに一馬に切り出した。
「さっきはゴメンな」
「さっきっていつ?」
「…バカだ、こいつ」
「なんだよ!」
「バーカ」
 一馬の頭を乱暴に撫ぜた。きっと一馬は、ほんとは、『さっき』っていうのがいつのことを指すのか分かってるんだと思う。分かってて、でもそんなことは最初から全然気にしてないんですよってそういう気持ちを示そうとして分からない振りをしたんだと思う。でも一馬は嘘を吐くのが下手くそで、俺は嘘を見抜くのが割と上手だからすぐ分かってしまうんだ。
 一馬は不満げな顔をして乱れた髪を直していた。
「わはは、変な頭」
「誰のせいだよ誰の!」
 これで仲直り。

 簡単だ。バカみたいに簡単だ。
(でも、こういうのは、なんか、そう、なんか疲れる。こういうことが積み重なって、倦怠感が根付いてく。永遠に続いていくような倦怠感、ふと寒気のようなものすら感じるときがある、飲み込まれそうになるときがある、いつからこんなふうな感覚を持つようになったのか)

 些細なことで傷付け合い簡単に仲直りしてしまう。ひずんで、修正して、またひずんで、また修正。
 でも俺達の間には決定的なひずみがある。
 それはもう遠い昔のことのように思えるし本当にかなり前の話なんだけれど、去年の夏の終わり頃、英士は俺に『一馬のことが好きなんだ』と言った。『好き』と言うのは、まあ、友達としてとかそういう類の『好き』とは違うことは確かだ(俺達の間柄で友情の『好き』ならばわざわざ口にする必要もないだろうから)。でもよく理解出来なかった。いや、理解は出来ていたのかもしれない。ただどういうふうに受け止めればいいのか分からなかった(どういうふうにも受け止めたくなかったと言った方が正しいのかもしれない)。そしてその後、俺は一馬に告白されてしまった。英士は一馬のことが好きで一馬は俺のことが好きってそういうこと。俄かには信じられないようなことだ。だって今までずっと友達だったのだから。これからもずっと今までのように付き合っていくんだと信じて疑いもしなかった。だからショックだった。もう俺達は駄目になってしまうんじゃないかと思った。でも別に『駄目』にはならず、あれ以後も三人でつるんだりしてる。何事も起こらなかったみたいにして。何事も起こらなかったみたいにして? 実際に何事も起こってないといえば起こってないのかもしれない。表面立って何か揉め事があったわけじゃなし。ただ、たまに、あれ以来、三人でいることに、英士といることに、一馬といることに、酷い疲れを感じてしまうことがある。例えばそれは、一馬が俺のために何かしようとするとき、一馬が俺のために何かしようとするときに英士が少しだけ悲しそうにそしてどこか諦めたような表情をするとき、一馬が俺のちょっとした一言で酷く傷付いた様子を見せるとき、一馬が俺のちょっとした一言で酷く傷付いた様子を見せるときに英士が俺に非難の眼差しを送るとき。疲れてしまう。一馬の態度の中に自分への(友情とはまた違った意味での)好意を見付けてしまったり、英士の態度の中に自分への(一馬絡みの)嫉妬を見付けてしまったりするとき本当に嫌になる。
 微妙な三人組というのはまさに。俺達は仲良しだけどすごく微妙なバランスで成り立っていると思う。三人の中の誰かが迂闊なことを言えば、取り返しがつかなくなってしまうんじゃないかと思うくらい微妙で危うい。そういう関係はいつも緊張感があって疲労してしまう。こんなに疲れるくらいなら、もう縁を切ってしまえばいいんじゃないかと思うことも稀にある。思ってしまった後ですぐ訂正するけど、そういうことを思ってしまうこともあるんだ、ごく稀にだけれど。二人のことを『普通じゃない』と思ってしまうこともある。長年仲良くやってきた男同士で恋だの愛だのおかしいじゃないか吐き気がするやめてくれ、そんなふうに思ってしまうことがある。こんなふうに思うことのある俺は薄情な人間なんだろうか。こんなふうに思うことのある自分こそ何か欠陥があって普通じゃないのかもしれない。
 とかそんなことを考えていると本当に消耗するし滅入ってしまう。誰かに肯定してほしい。『お前は普通だよ』と言ってほしい。もっと普通に、普通な人間と普通に関わりたい。(でも本当は信じてないしそれがいかに曖昧で信用ならない言葉であるか分かってるんだ、『普通』という言葉がいかに疑わしいか)
 生々しい感情をぶつけ合う恐れの無い人間と接したい。感情的に感情を交わしたくない。感情的に感情を交わすのを避けるために気を遣って緊張した状態を保つように心掛けていると気付かないうちにストレスが溜まっているもので。一緒に居ても気持ちが重くならない人間と一緒に居たかった。
 英士、一馬、
 こんなふうに思ってしまってごめんね、ごめん、ごめんなさい。
 こんなふうに思うのは、彼らのことが、彼らとの関係が、大事だからだ。どうでもよくないからだ。縁を切ってしまった方が楽なんじゃないかと思ってもそうしないのは、何があっても縁を切りたくないからだ。どうでもよくないんだ。大事なんだ。大事にしたいんだ。でもぶつかり合うのは怖くて。この葛藤をどうしよう。とても不安定な気持ちだ。
 他に居場所がほしかった。
 ちょうどそういうときに親しくなったのが鳴海で、奴といるとすごい楽だった。


・・・・・・
 家に着いてすぐにご飯を食べ、しばらくしてから風呂に入った。風呂上り、アイスクリームなんか食べつつ、鳴海にメールを送ってみた。
『明後日空いてる?』
 しばらくしてから着信音、返事はすぐに来た。
『空いてるといえば空いてる』
『なんだよその曖昧な返事は』
『何、明後日遊んでほしーのか』
『うん§^。^§』
『§^。^§←コレむかつくからヤメロ』
『昼飯おごってやってもいいよ』
『よし、決定。何時にどこで待ち合わせる?』
 なんて現金な奴だ! 変わり身はえ〜はえ〜。こいつのこういうとこ、自分に似てるなあとか思う。でも全然違うけど。そう、鳴海と自分は全然違う。
 鳴海は俺よりもずっと『普通』だ。
 ずっとずっと。


・・・・・・
 翌々日、朝からすごく天気は良かった。
 本日、英士と一馬は映画を見に行く。
 本日、俺はそっちの約束をキャンセルして鳴海に飯を奢ってやりに行く。わはは。
 昼はマック当たりで済ませてもらおうとか思ってたんだけど、鳴海の奴が「どーしてもラーメンが食いたい」「俺の脳が胃が魂がラーメンを切実に求めている」「ラーメン以外なら食わないぜ」等々ラーメンラーメンラーメンとうるさいったらありゃしねーから昼飯はラーメンになってしまった。奴は人の金だと思って、大盛りチャーシュー麺とチャーハンと餃子2人前をペロリ。
 なんて奴だ! 店を出てすぐとりあえず思いきり奴の尻を蹴ってやった。
「今度なんか奢れよ!」
 昼飯後、何をする当てもどこに行く当てもないので、とりとめなく話しながら近くの公園をぶらつく。
 今日はとても暖かい。でも公園は不思議なくらい人気が無かった。こんなに天気がいい日に公園に遊びに来ないで皆何をやってるんだろう。家で閉じこもってるのは勿体無い。映画を見に行くのも勿体無い。それとも何か、春休みだし、家族やらカップルやらで旅行とかに行ってる人が多いんだろうか。
「ガムいる?」
 くっちゃくっちゃとガムを噛みつつ一応鳴海に聞いてみた。
「いらねー」
「あっそ」
「なんか、てめーに食いもんとか貰いたくねんだよな。毒入ってそーじゃん。殺られる」
「ぎゃはは」
「や、まじで」
「まじで?」
「うん」
「おもろ」
「笑えねー」
「なんかそこまで言われたら、俺期待に応えなきゃ、とか、プレッシャーよ?」
「うおー、てめー俺を殺す気か? 逃げなきゃな」
 そう言って俺に背を向けて逃げ(る振りをし)ようとする鳴海、
 の、
 一つにまとめられた髪の毛を思いっきり引っ張って無理矢理にこっち向かせる。

「いっ、…、!!」

 鳴海の唇に自分の唇を押し当てた、
 ついでに、
 噛んでたガム(もう全然味しない)を、
 鳴海の口ん中に入れたやった。
 さらについでに、
 舌も絡ませておいた。

「てっ、めーーー!! ガム飲み込んじまっただろうが! つーかチューしやがった…! ガムまで入れやがって! あまつさえ舌まで入れやがって! 俺まじでショック、もー立ち直れねー」
「わはははは!」
「笑い事じゃねー! 死ね! 死んで詫びろ!」
「残念ながら死ぬのは君の方ですよ」
「んだよ」
「さっきのガムさ、毒入りだよ?」
「えっ」
「や、ほんとに」
「うわ〜」
「あ〜あ」
「ていうかなんでガム食ってた当のお前は平気なわけよ」
「結人様だから!」
「あ、ナルホド〜☆彡」
「ていうか五秒後に死ぬよお前」
「え」

「ゴー・ヨン・サン・ニー・イチ」

 ゼロ

「うっ」
 鳴海は急にわざとらしいほど深刻な表情になって胸を押さえる。
 おお!
  バタン!
 豪快に、地面に仰向けに倒れる鳴海。
「ぎゃはははは!」
 すげー! こいつやり過ぎ! 行き過ぎ! ほんまにアホや!
「うおー死んだーー」
 倒れた姿勢で鳴海が言う。
「バーーーーッカ」
 おもろ。
 ほんとアホだなこいつ、とか思いながら、地面に横たわった鳴海の腕を軽く足で踏み付けた。
「死体を足蹴にしてんなよ。化けて出るぞ」
「いーよ」
「取り憑くぞ」
「いーよ」
「取り殺してやる」
「いーよ」
「がはははは」
「ぎゃはははは」
「嘘だけどな」
「嘘だよ」
 どこからどこまでがどれくらい嘘?
 何もかも嘘なのかな。
 全て冗談なのかな。
 なんて罪深い嘘。
 だって、胸、痛い、痛いのよ、ズキん、これは恋なのかしら…?
 ってア・ホ・か!(笑)(笑)(笑)

 太陽、妙に明るい、強い、逞しい、二人をこれでもかというくらい照らす、仰々しいほどに神々しく強靭な日差し、不吉。不気味。目眩。吐き気。嘘吐き。

「俺ってすげー嘘吐きなんだ」
「俺もそれなりに嘘吐きかもしれねー」
「つーか喋んなよ。死体だろ、てめー」
「あっ、そーだった」
 それきり鳴海は口を開かず、微動だにせず。いい役者になれるよ。サッカーやめてそっち方面に進めばいいんじゃん? なんて。

 ていうか、もしかして、ほんとに死んだ???
 恐る恐る、足の先で鳴海の腹を突付いてみた。反応ゼロ。真上から鳴海の顔を覗き込んでみる。
 静かに閉じられた瞼。投げ出された長く強い手足。なんて無防備なさまだろう。でも誰にも手出し出来ないような雰囲気が漂っていた。それは一種高貴なほどで。息が詰まった。ほんとに死んでるみたいだった。もう二度と目を開けないんじゃなかろーか。さっきまで一緒にバカ言ってた奴が、今この瞬間きっちりと目も口も閉じて、自分の足元に横たわってる。
 死体。
 三月の太陽、穏やかなはずなのに、今日は酷く激しい。容赦なく死体に降り注ぐ光。
 でも大丈夫、大丈夫だよ。俺が側に立ってるせいで影が出来てる。
 太陽から死体を守るみたく、俺が、立っていて、影が出来ていた。
 救いの影が死体に落ちていた。
 遠く遠くで子どもが騒いでる声がする。春休みだからみんな浮かれてる。束の間の休息。あっという間に新学期は始まる。新しい春が本格的に始まる。また、始まってしまう。今この時に留まりたいとどんなに祈っても。
 今は準備期間だ。新しい春に備えての。心身を穏やかに健やかにしておかなければならない。来たるべき四月のために。
 鳴海は身動き一つしない。息をしてるのかどうか心臓が動いてるのかどうか分からない。確かめようと思ったけど確かめるのが怖かった。

 何故か、一粒だけ、涙が零れた。

 涙、鳴海の瞼にかかった。
 鳴海、目を開けた。

 ああ生きてた。生きてたんだ。良かった。ほんとに良かった。

「何泣いてんだか。バカみてー」
 言われる前に自分で言った。

 鳴海はそれについては何のコメントもせず、真っ直ぐに空を見ながら呟くように、

「おほしさまが見える」

「昼なのに?」
「昼間でも星は出てんだよ」
「俺、おほしさまになりたい」
「さてはバカだな、お前」
「いや、バカはお前だろ、どう考えても」
 だってほんとバカだよこの人。いつまで寝っ転がって死体ぶってんのこの人。バカだ。
「いい加減起きろよ」
「手ぇ貸せよ」
 手を貸したら、引っ張られて倒される気がした。でも手を貸した。案の定思いきり引っ張られて鳴海の上に倒れ込んでしまった。
「お前すっげ重たい」
「てめーが人を引っ張っておいてそーゆーこと言うかよ。ていうか鳴海に重いとか言われたくねー」
「痩せれば?」
「髪切れば?」
「眉毛剃れば?」
「一回死んでこい!」
「もー毒入りガムのせいで一回死んでるっつーの!」
「あ、そっか」
「そう」


「もー一回キスさせて」
「嫌に決まってんだろ」
「もうガム入れたりしねーから」
「そういう問題じゃねーよ嫌だよ」



 唇を押し付けた。目を開けたまんまで。向こうも目を開けたまんまだった。鳴海の目玉に映った自分を見てた。気味が悪かった。

 道路の真ん中で、二人して寝転んで重なって、
 チューかよ。しかも男同士かよ。気が違ってるんじゃなかろうか。
<※春先は頭がおかしい人が出やすいから注意>
 誰かが通ったら大変なことになっただろう。でも別にどうでもいい気がした。結局誰も通らなかったけど。何が起こってもいいやとか思ってるときは特に何も起こらないものだ。何も起こらないでほしいとか何も起こるはずがないと思ってるときに限って何かは起こる。そんなものだ。そんな世の中が憎らしい。苦しい。でも今だけは、休息の時間、憎らしく苦しい世の中から俺は解放されている。自分と鳴海、二人の間で時間が止まってるみたいな感覚。(あ、なんかこの言い方、夢見がち)

 唇を離すと、袖口で口を拭いながら吐き出すように鳴海が言った。
「嫌だって言ってるのにしやがった!」
「うん」
「なんなんだお前は」
「なんなんだろう俺は」
 鳴海が口を開けてワハハと笑って、俺の肩を押す。
「いい加減起き上がろうぜ」
 鳴海に腕を引っ張られるようにして立ち上がる。立つと目眩がした。もうしばらく寝転んでいたかったのに。ちっ、と舌打ちしてしまう。鳴海は聞こえない振りをした。
「あ、髪の毛、乱れてる。くくり直してやろっか」
「遠慮しとく」
 鳴海はそう言って、髪をさっとほどいてもう一度くくり直した。早い。でもものすごい適当だ。なんて乱雑な。俺にやらしてくれたらいいのに。もっと綺麗にやってあげるのに。せっかくの人の親切を拒否しやがって。
 ちっ、また舌打ち。鳴海はまた聞こえない振り。
 ああ遠くで子どもが騒いでる声がする。もしかしたら幻聴なのかもしれない。もしかしたら、










 僕はみどりいろのゼリーなんだ。
 メロン味と見せかけて、











「ちょっと意外、だな」
「ん?」
「お前ってもっと底抜けに明るいだけの奴かと思ってたら」
「わはは。何? 何気に影があるって?」
「んー、ていうか、どっか心もとないというか、不安定というか、」
「ほ〜」
「なんか、まるで、」
「まるで?」
















 僕はみどりいろのゼリーなんだ。メロン味と見せかけて実はミント味なんだ。








 頼むよ、僕を、すくってくれないか、君のその、スプーンで。









Mar.24,2001


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