サヨナラの呪文は?

英士=トマト


どういう話の流れだったか、英士が俺に、『お前は可愛げがないな』って言ったんだ。あーそうだよ。どうせ。可愛げないよ。そりゃそうだ。アレ(=K.S なんとなくイニシャルで)に比べりゃ、お前にとっては、俺に限らず誰だって何だって可愛げなく見えるだろうよ。でもな、アレを本気で可愛いだのと思い込んでんのはお前くらいのもんだと思うよ。アレと俺、どっちが可愛いかってそのへんの奴らに聞いてみ? 10人中9人までが、アレより俺の方が可愛いって言うと思うね。アレの方が可愛いっていう残りの1人は、英士、お前だ。この少数派め。変わり者め。まあ、人の好みはそれぞれだし? 俺、別にお前に可愛いなんて思われたくもないし? いいけど。
 …いいんだけど……なんか引っ掛かるんだよな。なんか不愉快なんだよな。
「一馬と比べられても困る」
「比べてないよ。比べないよ。比べたことないよ。比べたくもないよ。比べられないよ」
「五回も同じことを言うな!」
「いや、五つともそれぞれニュアンスどころが意味合いが全然ちが
「だまれ!」
「………」
「よし、しよう。とりあえず」
「………」
「返事しろよっ」
「結人が『だまれ』って言うから、それに従ってただけなんですけど」
「けっ。ムカツク奴」
「ははは」
「んじゃあ、ジャンケンな。とりあえず。どっちが上か下か決めよーぜ、とりあえず」
「なんか、さっきから『とりあえず』って言葉が引っ掛かるなあ」
「だって、実際ほんとに『とりあえず』なんだもん」
「やりたくないなー、俺。脱ぐのめんどくさい」
 英士は自分のシャツをちょっと引っ張ってみせる。あ、ボタン外すのが面倒なのかな。なんかボタン小さい上に多いみたいだし。
「下だけ脱ぎゃいーじゃん」
「…お前って…」
「はいはい、ジャンケンジャンケン!」
  結果>>  英士:勝ち(チョキ) / 俺:負け(パー)
  つまり>> 英士:上 / 俺:下

「うっそ! 絶対勝てると踏んでたのにー!」
「はい残念でした」
 英士はさっさとシャツのボタンを外し始める。
「アレ? 脱ぐのめんどくさいんじゃなかった?」
「めんどくさいよ? でも、ま、とりあえずね」
 けっ!

・・・・・・
終わった後には
ロマンチックな会話を…★ なんていうのは漫画やドラマの中だけの話なんじゃなかろーか。俺達はベッドん中でボンヤリしつつ無意味にしりとりなんぞしていましたとさ。(何のために)(何のためでもなく)
りす すり りか かり りかしつ つり りく くり りくじょう うり リクルート とり リンボーダンス すずり りょうり! りんり …リンパせつ つわり りょうし しおり リード どんぐり りっぽうたい いろり リトマスしけんし しもふり リバウンド どんぶり 
「……り・り・り・り・り…、りー、りー、りー、りーーーーっ……うーーーーー」
「はいはい、もうタイムアップね。俺の勝ち」
「ちょ、ちょっと待てっ!」
「もう飽きた」
「ていうか、お前卑怯過ぎ! 絶対卑怯!」
「どうして。自分のボキャブラリーの貧困さが原因でしょう」
 はいはい。あなたの言う通りですよ。俺の負け。俺の負けです。
 あー、むかつく。あー、でも、なんか、
「英士、キスしたい。だから、キスしろよ。とりあえず」
 傲慢な態度で、英士に唇を差し出す。突然の俺の要求に、英士は呆れたように笑って、その後、顔を寄せてきた。
本当は口付けられたくなんかなかった。悪い運命を甘んじて受け入れるみたく目を閉じた。英士だって、本当は口付けたくなんかなかっただろう。けど、目の前にある物欲しげな唇を軽く慰めてやるのにどれ程の労力がいるっていうんだ。俺に応えるのに、英士は何を犠牲にしなくても済む。その程度だ。その程度の軽々しいキスだ。とても軽い。
 風が吹いたら飛ばされちゃうくらい、軽い。
 少しくらいは英士の負担になってみたい。俺の立場、もう少し重くてもいいんじゃないかと思う。英士はさ、軽々しいよ。俺のこと、軽々しく扱い過ぎ。そんなに軽々しくされたら傷付いてしまう。もうちょっと、ポーズでもいいから重そうにしてみろよ。腫れ物に触るみたくする時だってあってもいいんじゃないのか? 一馬に接するときみたいにさ。緊張しろよ。遠慮しろよ。悩めよ。ちょっとは。



英士とはじめて唇を合わせたとき
はじめて体を合わせたとき
思ったことがある
もしかしたら取り返しがつかないんじゃないか
って
心臓を押し潰すような
甘苦しい感情に満たされたことがある
でも、そんなのは一瞬
ほんの、一瞬だった
取り返しなんか、いくらでもつく
それくらいに俺達はさめてる
どんな目眩を感じても、一瞬で目が覚める
熱も冷める
甘い記憶も褪めて
全て、醒めてしまう
クラクラするのは一瞬だけ
でも、その一瞬が俺にとってどんなに鮮烈か
英士には分からない



・・・・・・
どういう話の流れだったか
、英士が俺に、『お前が怖いよ』って言ったんだ。
「怖いよ」
「え?」
「俺は結人が怖いんだ」
「へえ? なんでまた?」
「嘘をつくのが上手いから」
「英士ほどじゃねーよ」
「好きだよ」
「え?」
「真に受けた?」
 
まさか。
「真に受けた。惚れそうになったよ」
 
なんてね。
「嘘つき」
 
まあね。
 英士は少しだけ笑った。綺麗な笑い方。
「笑うと可愛いねー、英士は〜」
 からかうみたく言ってやった。ほんとは、本心だった。ほんとに思ったんだ。ずっと思ってたことなんだ。
 でも俺は、冗談にした。冗談にしてしまった。













 違う。俺は。違うんだ。こんなのは、違う。俺は、
「こんな駆け引きみたいなことをしたいわけじゃない。うんざりだ」
 そう、こんなのは、もう、うんざり。
 いきなりそんなことを言い出した俺に、英士は少し面食らったようだったが、しばらくしてから、落ち着き払った様子でこう聞き返してきた。
「じゃあ、お前の望みは?」
 俺の望み?
「俺は…、」
 俺は、俺は、ただ
 お前と分かり合いたい
 好き合えないのならせめて
 分かり合いたい
 健気な想いじゃないか
 涙腺緩んじゃうね
 なんてな
 ばーか
 馬鹿馬鹿しい
 なんて馬鹿馬鹿しさだ
 こんな馬鹿馬鹿しいこと口に出来るかよ
 口にするものか
 馬鹿にされる
 馬鹿にされてなるものか

・・・・・・
ある日の夜遅く
、英士が突然訪ねて来て、俺は少し驚く。でも、すぐ『どうせ一馬と何かあったんだろ』ってそう思った。多分、予想は当たりだ。俺の予想ってあんまり外れないんだよな。世の中、予想出来ることばっか。大体のことは予想通りに進む。つまんねー。くだんねー。つまらないくだらない夢のない世の中だよ。
 英士は何も言わずに俺の部屋に入って、その後もずっと黙ったままだった。俺は何があったのか聞き出そうとはしなかった。
 沈黙が数分、いや数十分かもしれない、とにかくしばらくの間お互い黙ったまんまだったけど、英士がふと口を開く。
「俺って、駄目なのかな」
 何を言い出すかと思えば。
 なんて情けない台詞だよ。これは、やっぱ、一馬と何かあったんだろうな。一馬とケンカでもしたか? それとも、一馬を怒らせたとか? どうせ、くだんないことだ。俺には関係ない。
「なーに一馬みたいなこと言ってんだよ」
 からかうみたく言ってやった。
「…そうだな」
「駄目じゃないよ。お前は全然駄目じゃない」
 軽い調子で言ってやった。
「簡単に言うね」
「簡単だよ。簡単な質問には簡単な答えでいいだろ」
 ふと、英士が、俺の胸に頭をくっつけてきた。こらこら。
「何すんだよ」
「うん。ちょっとだけ」
「ずるいよ、お前」
 ずるい。こういうのはずるい。
 ずるいじゃないか、英士。
「ごめん」
「ほんとに悪いと思ってんのか〜?」
「うん」
「じゃ、もっとちゃんと謝れよ」
「ごめんなさい」
「謝るくらいなら最初からすんなよ」
「うん。もうしない。これが最後」
 英士が顔を上げた。英士の唇が俺の唇をかすめた。

 
これが最後?
 あっけねーな
 今まで数えきれないほどキスをした
 キスだけじゃなくて、他にも色々したけど
 けれど
 終わり
 あっけない
 涙も出ない
 胸すら痛まない

 
これで最後
 あっけない最後・素っ気無い英士・そう、英士は、ずっと素っ気無かった
 素っ気無い英士に優しさを求めたって無理
 素っ気無い英士を叩いてみたって絞ってみたって裏返してみたって
 優しさの欠片は見付からないっぽい
 一馬のことが好きな英士
 一馬のことが好きな英士を覗き込んでみたって転がしてみたってバラバラにしてみたって
 愛情の欠片は見付からないっぽい


・・・・・・
それ以後、俺達は二人きりでは会わなくなった。ついこの前までは、二人だけで会うことが多かったのにね。
 あれから一週間ほど経って、俺は英士を呼び出した。
 夕方 公園 気温、低い 別れにはうってつけ
「どうかした?」
「用事はすぐ終わる。五分もかからない」
「用事?」
「そう。ちゃんとサヨナラしようと思って」
 サヨナラ…? と、英士は俺の言葉を確かめるように呟いた。
「区切り、付けたいんだ。ほら、俺って、中途半端なの嫌いだし。このまま英士と何となく気まずくなるのも嫌だし。ま、ちゃんとサヨナラしてさ、明日からは、なんらやましいことのない明るく清潔な友達関係に納まりましょう」
 英士は、何も言わなかった。
 英士の了承を得ないまま、俺は早々と『用事』を済ませるために、英士に近付く。

自分の鼻/左手でつまんで/英士の鼻も/右手でつまんで/英士の唇に/自分の唇を押し当てた//鼻つまむのは/小学校の給食で嫌いなもの(例:トマト)を食べるときの要領//(小学校んときって/絶対給食残しちゃいけなかったんだよなー)//こうすれば/味がしない//何の味もしないように//何も残らないように//二度と思い出さないように//こいつ(英士)はトマトトマトだ/トマトトマトトマト//英士=トマトトマトトマトだぞ//これが正真正銘最後のキス//さよなら英士トマト//

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 風が吹いた。
 俺達の口付けは、どんなに深くても重くても、軽いから。
 風に飛ばされた。
 冬の冷たい風、止まなくて、口付けで生まれた熱も、今まで重ねてきた口付けの記憶も、風に乗って遠く遠くに流されてく。胸の詰まるような感傷も流れされてく。唇を合わせている英士(
トマト)ですら流されてく。俺だけ取り残される。







 風が止んだ。











・終わり・

Dec.23,2000


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