おとうさんのきもち/ムスメとムコの愛もよう/(蛇足)








笑うな、僕は、真剣なのだ、いつだって。

★おとうさんのきもち★



「結人、お前、一馬のこと本気で好きなのか?」
 とあるレストランで、俺は結人と向かい合って座っていた。
 俺の質問に結人がフルーツパフェを食べる手を止める。一瞬結人が酷く眉を顰めたのを俺は見逃さなかった。その瞬間、自分の言ったことを後悔した。
「何だよ、英士は俺が一馬の気持ちを弄んでる悪者とでも思ってるわけ? へ〜?」
 心外だなあ、と大げさに嘆息してから結人は答えた。冗談のような調子で話しているが、結人が本気で気を悪くしたことはすぐ分かった。
「俺はさ、何だかんだいっても英士のこと信用してるよ。でも英士はそうじゃないみてーだな。俺のこと信用してないんだ? あ〜あ、悲しいなあ〜」
「悪かったよ」
「別に謝ってもらわなくても結構ですー」
「悪かった」
 謝罪の台詞を口にする俺に一瞥くれてから、何を思ったのか突然結人は俺のコーヒーに角砂糖を五つ六つ(!)放り込んだ。

「!」

「ざまーみろ」
 結人は勝ち誇ったように笑ってから、再びフルーツパフェに手を付けた。
 俺はしばらくカップの中を呆然と見つめていた。が、ふと決心して、スプーンで手早くコーヒーを混ぜて一気に飲み干した。喉を通っていく過剰に甘い灼熱。ああ喉が焼けるようだ。情けないことに思わず涙ぐんでしまった。結人は唖然とした様子で俺を見ていた。
「飲むか普通。お前バカなんじゃない?」
 最後まで飲み終えて、テーブルにカップを置いた俺を驚きと呆れの眼差しで見ながら結人が言った。
「結人が入れるのが悪いんだろ」
「あはは。でも潔いじゃん。ちょっとかっこ良かったよ」
「かっこいいわけないよ」
 かっこいいわけないじゃないか。
 そうだ、僕はかっこ悪い。とても、とてもかっこ悪いのだ。

 ちょっと用事があるからそろそろ帰る、と言い出した結人に訊いた。
「一馬と会うのか?」
 結人はそれには答えず少し笑って伝票持って席を立つ。
「今日は俺の奢りな」
「うわ、珍しい。あまりの珍事に目玉が飛び出そうだよ」
「飛び出させてみろよ、この細目が」
 この野郎、なんて言い様だ。

 背を向けた結人に声を掛けた。

「一馬のこと、よろしく頼む」

 結人の動きが一瞬止まる。
 次の瞬間、結人は声を出して笑った。

「お前は一人娘を嫁に出す親父かよ〜!」

 笑うな、僕は、真剣なのだ、いつだって。

「ご心配無く、お父さん。娘さんは必ず幸せにしてみせます。
 大体、この俺が一馬の一人や二人、幸せにできないわけがない」

 娘の旦那になる男の大胆不敵なその台詞に、お父さん、思わず絶句。
 こんな男に娘をやると思うと…、悔しくてなりません。だってこいつはとんだ馬鹿者だ。
 ああ、でも、さっき台詞は、ちょっとかっこ良かったな。負けた。












「だったら離れなければいいだろ」

★ムスメとムコの愛もよう★



 若菜が当日の朝になって突然約束をキャンセルするというのは、つい最近にもあった。連続二回目だ。許し難い、と真田は思う。前回のキャンセルの理由は『腹痛』。真田はそんなことは全く信じていなかった。どうせ前の晩に夜更かしでもして眠くてだるいから出て来たくないだけだろ、というのが真田の推測だったが、その推測は当たっていた。今回のキャンセルの理由は『クラスの奴らと大分前から約束してたの忘れてた、そっちに行かなきゃいけない』。その理由は事実なのだろうが、それを聞いた真田は、若菜が自分よりもクラスメイトの方を選んだことに対しての悲しみで胸中穏やかではない。若菜の方にしてみると、真田よりもクラスの友人を重んじた意識は全くなかった。ただ、クラスの友人と約束したのが先だったからそちらに行くことにしただけだった。そのように弁解しても、真田の機嫌は一向に悪いままだった。真田にとっては、どちらとの約束が先であったかはそれほど重要ではないのだ。とにかく今日若菜が自分との約束を反故にして、別の人間と遊びに行くことに変わりはない。それが許せなかった。
 真田にとって若菜の存在は友達と呼ぶには相応しくなかった。普通友達に対しては抱かない類の感情(例えばそれは強い独占欲や性欲である)を抱いていたし、特別な存在であると自覚していた。若菜にとっての自分も、自分が相手のことを想うほどではないにしろ特別である(少なくとも普通の友達とは一線を画する)と思っていた。幾度か抱き合ったり甘い言葉を囁き合ったり口付け合ったりしたことを思うと、やはり自分達は友人同士というよりも恋人同士なのだと思わずにはいられない。言葉ではっきりと確認し合ったことは無くとも。しかし今回のようなことがあると、そんなふうに相手を特別に思っているのは自分の方だけで、身体的な接触も甘ったるい言葉のやり取りも若菜にとってはただの戯れに過ぎないのではないかと強い不安を感じてしまう。

「あ〜あ、映画観たかったな〜」
 真田は思いきり嫌味たらしい口調で言った。
「今度行けばいいだろ」
 電話の向こうの相手の軽い口振りに真田はカッとなる。
「俺は今日観たかったんだよ!」
「だって仕方ないじゃん」
「……」
「次んとき昼飯奢ってやるからさ」
「……」
「何だよ、黙っちゃって。感じわりーな」
「お前、『ごめん』って一回も言ってない」
「あ? そうだっけ? ごめんごめんごめんなさい。これでいい?」
「反省の色が全く窺えない」
「反省してるってば。しつこいなーお前」
「全然反省してねーな!」
「大声出すなよ、も〜」
「大体な、直前になって急に行けないとか言うなよ。こっちはもう準備して今から家出ようとしてたのに」
「はーいはいはい、俺が悪かったですよ、すみませーん」
 若菜の言い様に真田の中でふと何かが切れた。
「お前はほんと勝手だよ! 英士は絶対にこういうことしない!」
 つい言ってしまって、しまった、と真田は思う。何もわざわざここで郭を引き合いに出してくる必要は無かったのだ。こんなふうにして他人と比べられることは若菜でなくとも誰だって不愉快だ。こんな比較は当て付け以外の何でもない。
 案の定若菜は真田の台詞にむっとした。
「あっそう。だったら英士に遊んでもらえば? じゃーな」
 そこで電話はプツリと切れ、真田はしばらく受話器を置くことが出来なかった。

 せっかく外出する準備をしたのだから外に出ようか、いっそ一人で映画を観に行こうか、と真田は一瞬思ったが、とても行動に移せる気はしなかった。

 午後七時、さっきから真田はベッドに寝転がったまま携帯電話と睨み合っていた。かけるべきか、かけないべきか、この二択にどれほどの間頭を悩ませているだろう。今朝電話で口を滑らせてしまったのは自分だが、そもそもの原因を作ったのは若菜の方である。何故自分がこんなに悩まなければならないのか。時間の浪費だ。電話するならする、しないならしない、さっさとどちらかに決めてしまいたい。真田はディスプレイにリダイヤルデータを表示させて、“若菜結人”という文字とその下に出ている11ケタの数字を穴が開くほど見つめた。どんなに見つめてみたところで電話が繋がるはずはなく、ましてや上手い具合に若菜から電話がかかってくるわけもない。
 真田は今日は部屋で一人、若菜とのことについて色々考えた。とにかく若菜に対しては不満が多い。はっきりいって真田は若菜と居ると喜びよりも苛立ちや不安を感じることの方が多かった。それでも側に居たいと願うのは、たかが電話一つかけるか否かで煩悶しているのは、若菜のことが好きだからという理由以外に何があるだろう。結局何だかんだいっても彼のことが好きなのだ。好きで好きで仕方がない。真田が考えた末に出した結果はそれだった。真田はふと可笑しくなる。自分自身に対して笑いが込み上げてきた。そこには確かに自嘲的なものも含まれていた。一人の人間のことで頭がいっぱいで、その人の言葉一つで一喜一憂する自分が馬鹿のように思える。だがそんな自分を愛しくも思う。若菜のちょっとした言動で天にも昇る気持ちになる、地獄に突き落とされた気持ちにもなる。その歓びと痛みは何事にも代え難い。彼以外の人間に対してこんなにも強い想いを抱くことなど考えられない。

 真田は一つため息を吐き、携帯電話をベッドの脇に置いた。

 午後八時前、若菜は自分の部屋でテレビを見ていた。しかし、テレビの内容は耳と目に届いていても、頭の中できちんと処理されてはいなかった。
 今朝真田と電話で交わしたやり取りを思い起こしながら、やはりどう考えても自分の方が悪かったと若菜は思う。今日何度そう思っただろう。クラスの友人と過ごしている間も真田のことばかりを考えていた。
 真田が前々から自分に対して恋愛感情を抱いていることには気付いていた。だから真田から告白されたときも驚きは感じず『やっぱりな』と思った。真田からそういう類の好意を寄せられるのは不愉快ではない。煩わしいとも思わない。感想としては『嬉しい』というのがしっくりくる。だが自分が真田のことを恋愛対象として見ているかどうかは疑問だった。真田から好かれるのは嬉しいし、自分のちょっとした言動に過剰に反応する真田を見ると優越感に似た気持ち良さを感じた。だから、自分のことを好きだと言ってくる真田に、「あ、俺も」と答えたのだ。その時はそんなに深い意図はなかった。一世一代の大告白のように深刻な表情で自分の気持ちを伝える真田に、若菜はごく軽い口調で答え、真田は一瞬脱力したようだったが、その後、ちょっと泣きそうな顔で微笑んだ。その時の真田の笑顔はとても印象的で、今でも若菜の心に残っている。それからしばらくは、特に今までと変わりない付き合いが続いた。だがある時若菜の気持ちに変化が訪れる契機となる事件が起こった。若菜が冗談で真田の頬に口付けたことがあった。唖然とする真田に若菜は「お前俺のこと好きなんだろ? だからチューしてもらえて嬉しいだろう」と言った。ほんの冗談のつもりだった。だが次の瞬間、若菜は左頬に真田からの強烈な平手打ちを食らう羽目になった。抗議しようとしたが、真田の今にも泣きそうな顔を見て若菜は言葉を失った。ただ、自分は失敗してしまったのだと思い、後悔した。「人の気持ちを弄びやがって」呟くように言って真田は悔しそうに唇を噛んだ。長い間つるんでいたが、若菜はこんなふうな真田を見たのは初めてだった。酷く傷付いた様子の真田を前に、これからはもっと真面目に真田について考えようと、若菜はそっと心に誓った。本当に後悔したのだ。こんな顔をさせてしまうなんて、なんたる不覚だと思った。そしてまた強い不安と焦りも感じた。もしも真田に嫌われてしまったら、いや嫌われはしなくとも恋愛感情を寄せられることがなくなったら、自分はものすごいショックを受けるだろうことに気付いた。
 過去の出来事を思い起こしながら、若菜はため息をついてテレビを消した。
 風呂に入ろうかどうしようかと思っていたときに携帯電話が鳴り、ディスプレイに表示された名前にどきりとした。
“真田一馬”

「おお一馬、どーした?」
『どーした、ってお前…。いや、なんていうか…』
「あ、フォローの電話か」
『フォローってお前…。いや、その…』
「今日はごめんな。ほんと、悪かったよ。こっちが悪かったのに態度でかくてごめん」
『………俺が先に謝るつもりだったんだけど』
「わはは。ま、どっちが先でもいいじゃん。とりあえずこれで仲直りな」
『うん』
「また今度遊ぼうなー。次は絶対だから」
『うん』
「じゃ切るぞ。風呂入るから」
『あっ、ちょ、ちょっと』
「ん?」
『来てるんだけど』
「…は?」
『今、来てるんだけど…』
「来てるとは?」
『結人の家の前』
「え!」
 若菜は急いでベランダに出た。
「よお」
 二階のベランダで唖然としている若菜に真田が手を上げた。
「そういうことは一番最初に言えよ〜!」
「や、なかなかタイミングがつかめなくて」
「なんで来たんだよ、お前」
「なんでって…、電車で」
「そういうことを訊いてるんじゃねー」
「直接会って謝りたかったから」
「そっか。でももう仲直りしちゃったからなー、さっき」
「うん」
 しばらくの間沈黙があった。
「飛び降りる」
 ふと若菜が口にした言葉に真田は戸惑った。
「は!?」
「ここから飛び降りるからさ、一馬受け止めてよ」
 言いながら若菜はベランダの手摺りから思いきり身を乗り出す。
「な、な、何言ってんだ、お前は! バカか!」
 真田は大いに焦ったが、それでもとにかく若菜が落ちて来そうな位置に移動しようとした。
「わはははは! 冗談に決まってるだろ!」
 動揺する真田に若菜は笑った。
「バカ!! 冗談きつい!」

「とりあえず家上がれば? ドア開けるわ」
「いや、いい。帰るから」
 背を向けようとした若菜を引き止めるように真田が言った。
「えっ、帰るって、もう?」
「そう、今から帰る」
「何しに来たんだか…」
「とりあえず、その、見れたから良かったよ、その、結人の顔、見れたから」
「……上がってけって」
「ううん、帰る」
「なんで帰るんだよ」
「なんでって…、電車で」
「そういうことを訊いてるんじゃ
「分かってる」
「……」
「家に上がったら、帰るときすごい寂しいから。離れがたいから。だから帰る」
「だったら泊まってけばいいだろ」
「そんなの余計離れがたいだろうが」
「だったら離れなければいいだろ」
「バーカ」
 若菜の言い様に真田は苦く笑った。

「来月の頭から公開される映画あるじゃん。ほら、公開されたら観に行きたいなって前から言ってたやつ、タイトル忘れたけど。あれさ、土曜の夜に先行レイトショーがあるんだ。行きたい」
 少しの沈黙の後真田がそう提案し、若菜は頷いた。
「分かった、空けとく。その日は俺んち泊まってけば?」
「うん、そうする」
「お前ってそんなに映画好きだっけ?」
 馬鹿じゃないのかこいつは。真田はそう思った。映画など、若菜に会うための口実に過ぎないのに。
「じゃ俺、帰るよ」
「うん」

「一馬!」
 背を向けた真田を若菜が呼び止めた。
 黙って振り返った真田に向かって若菜は投げキッスをした。
「愛してるよ!」
「…分かってるよ!」
 夜の暗さの中でも真田が真っ赤になったのが分かって、若菜は声を出して笑った。












僕はただ、羨ましいのだ。恋をしている彼らが。

★蛇足★
(※郭へのフォローのつもりで付け足し)



 「一馬ちょっと太った?」
 一馬の左頬を軽く摘んですぐ放す。
 一馬は摘まれた左頬を押さえながら、結人のせいだ、と呟いた。
「結人のせい?」
「そう。あいつが大食いだから、いつも一緒にいるとこっちまで普段よりいっぱい食っちゃうから」
 おお嫌だ、なんて言いながらも幸せそうな顔してるんだもんな。いっそ憎しみが込み上げてくるよ。あーあ、もしかして俺、惚気られてる?
「仲良いんだね、結人と」
 なんて言ってやると、
「そんなことねーよ!」
 一馬は赤い顔して必死で否定した。あーあ、仲良くやってるんだね、ほんとに。
 一馬は、きっと、今ここには居ない結人のことを思い出しているのだろう。
 ため息が一つ零れた。
 一馬は打たれ弱くて神経質で、ちょっとしたことで深く思い悩むことがある。そしてそういうのがそのままあらゆることに(日常生活全般、勿論サッカーにも)影響する。一馬の態度が少しでもぎこちないと、「ああ、何かあったんだな」ってすぐ分かる。逆に良いことがあったときもそれが顔に出るからすぐ分かる。今だって一馬の表情から結人のこと考えてるのが簡単に見て取れる。一馬のことなら分かるんだ。確かに一馬が分かりやすいタイプだっていうのもあるけれど、付き合いも長いし(結人よりもね!
←強調)、俺ほど一馬のことを分かってやれる人間はなかなかいないんじゃないだろうかと自負している。…だから何だ、と言われたら返す言葉に詰まるんだけどね。まあ、ね、ちょっと寂しいわけだよ。でもこれは恋とかそういうのではないんだ。一馬がひたすら結人へと向ける直向きな想いとは違う。結人は一馬に対して素っ気無いときもあるけど、でもほんとはちゃんと一馬のこと大事にしてるの分かってるよ。結人が一馬のことを真剣に考えてるって分かってるんだほんとは。そういう結人の想いとも、俺の気持ちは違う。結人に嫉妬してるわけじゃない。一馬が結人とくっつくのが悲しかったり悔しかったりするわけじゃない。

 僕はただ、羨ましいのだ。恋をしている彼らが。

「俺、彼女作ろうかな…」
 なんとなく呟いてみた。『そうすれば?』と軽く返されるかと思ったら、
「え〜! 嫌だな、それは」
「嫌なの?」
「嫌だよ。寂しくなるじゃん。きっと結人も英士に彼女出来たらいい顔しないよ」
「いや、結人はさんざん冷やかして面白がるだけだと思うよ」
「あはははは」
「結人はそういう奴だ」
「英士と結人って仲良いよな」
「仲良いのは一馬と結人でしょ」
「そんなことねーよ」
「俺と一馬はどうなんだろう」
「仲良いじゃん」
 一馬が笑った。

 やっぱり俺、彼女作ろう。




(※全然フォローになってません)


May.30,2001


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