英士とは結婚して一年ほどになる。そろそろコウノトリが二人の子宝を運んでくる気配がする。 「子どもの名前は“かずま”にしましょうね」 寝そべってジャンプを読みながらが言うと、英士は少しだけ眉を顰めた。 「うーん、それは良い案だとは思うけれど、ちょっと紛らわしいでしょ」 「漢字を変えればいいのよ。例えば…そうね、“馬鹿(ばか)”の“鹿(か)”に、“厨子(ずし)”の“厨(ず)”に、“悪魔(あくま)”の“魔(ま)”で“鹿厨魔(かずま)”」 「……とんでもない例を挙げるね、は…」 賛同の色を見せない英士にむかついたは心の中で舌打ちをした。 「それに、うちで飼ってるオウムの名前も“カズマ”だしね」 英士は愛しげな眼差しでテーブルの上の鳥篭を眺めた。 「ああ、そういえばそのオウムの名前“カズマ”だったわね」 たった今思い出したというふうには鳥篭の中のオウムを見遣る。 このオウムは英士がと出会う前から飼っており、“カズマ”と名付けて異常なくらい可愛がっていた。世話は全て英士がしていた。以前、が鳥篭を掃除するために、籠からオウムを出そうとしたら英士が怒ったことがある。 「カズマに触らないで!」 「はただ、籠を洗ってやろうと…」 「俺がやる。カズマのことは俺が全部やるんだ。は手を出さないで」 その一件以来、はオウムの世話には一切関与しないようになった。はオウムのことをいまいましく思っていた。しかしそれは嫉妬ではない。 (は、英士と真田君がいちゃいちゃしている様を見るのは愉快だけれど、英士とオウムがいちゃいちゃしているのを見ても萌えられないのよ。はノーマルなホモ好きっ子(この言い回し変だけど)なのだから!) とは思っていたのだった。 英士はオウムのカズマに言葉を覚えさせるのに必死になっていた。 「さあ、カズマ、お勉強タイムだよ。英士先生と一緒に学習しようね! 上手く言えたらご褒美あげるからね…クスクス…」 英士はにやにやといやらしい笑みを浮かべながらオウムに話しかけている。 「“英士大好き英士大好き英士大好き” さあ、言ってごらん」 『カッペ丸出シ!』 「“英士かっこいい英士かっこいい英士かっこいい” さあ、言ってごらん」 『カッカッカッカッカッカッカッカッッペ!』 「“俺を生かすパスを出せるのは英士俺を生かすパスを出せるのは英士俺を生かすパスを出せるのは英士” さあ、言ってごらん」 『ハッ、ソノ台詞長イジャン。ヤッテランネー』 「まあ可愛げの無いオウムだこと」 英士とオウムのやり取りを見ていたは呆れて言った。 「ふっ…反抗期なのさ。全く世話の焼ける。まあ、そこが可愛いんだけどね!!!!」 『シネ!!!!』 「ふふふ、そんなこと言ってるとお仕置きしてしまうよ…?」 『オシオキ! オシオキ!』 「そうさ、お仕置きさ。カズマの毛をむしってオーブンで焼いて食べてしまうよ…… ……そんな……そんなこと出来っこない!! そそそそんな酷いこと…カズマにそんな酷いこと出来るわけないでしょ! うわーーーーーーん!」 英士は我を失って泣き喚き出した。 「英士、落ち着いて」 は英士の乱心には慣れっこなので、極めて落ち着いた様子でを飲みながら英士をあやした。 「、、俺、かずまにひどいことなんかできないよ!」 「はいはい分かってますよ。さあ、キムチまんじゅうでも食べて落ち着きなさいな」 そう言ってはキムチまんじゅうをポーンと投げた。 「あああああ! キキキムチまんじゅう!」 英士は目の色を変え、四つん這いになってキムチまんじゅうの落ちた場所に向かう。 モリモリとキムチまんじゅうを貪り食らう英士を見てはほくそ笑んだ。 「ほほほほほ、いいざまだこと」 週末、真田一馬が郭夫妻(英士・)の家に遊びに来た。若菜結人も来ることになっているのだが、まだ姿を見せない。若菜が遅刻するのはいつものことなので、みんな気にしていなかった。英士は、菓子や飲み物を買いに近くのスーパーに出かけたので、今家にはと一馬だけだった。 「達の子供には“かずま”と名付けようと思うの」 の言葉に真田は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。 「な、なんで!?」 期待を裏切らない真田の驚愕ぶりをは悦んだ。 「なんでって言われてもねえ。口で説明するのは難しいわね。まあ、神からのお告げというか…。 そういうわけだから、“名前パクられた!”とか言ってむやみに騒いだり叩いたり晒したりしないでちょうだいね」 「やめろよ!」 「大丈夫よ、漢字が違うもの」 「発音したら一緒だろ!」 「……そう…真田君がそこまで言うなら…」 は途端に暗い表情になり、俯いた。 諦めてくれて良かった、と真田が安心したのも束の間、 「堕ろすしかないわね」 のその台詞に真田の時が一瞬止まった。 「え!!!!」 「真田君がそこまで反対するのならもう堕胎するしかないわね」 「おい、ちゃん!なんでそうなるんだよ!」 「だって真田君は“かずま”の誕生を望んでいないんでしょう?」 「違う! お俺はただ自分と同じ名前っていうのが 「可哀相…の“かずま”…、この世界の光を見る前に消えてしまうのね」 さめざめと泣きながら、はお腹に手を当てる。 「まだ生まれてはいないけど生きているのに。でも仕方ないわよね、の“かずま”…、真田君がね、“かずま”には出てきてほしくないって言ってるんですもの。だから抹殺するしかないの。愛しく尊い命よ、さようなら。恨むなら真田君を恨んでちょうだいね…道連れにするなら真田君を 「わ〜〜〜もう! 分かった! 分かったよ!! “かずま”ってつけたらいいだろ! 好きにしろ!」 真田がそう叫ぶと、はすぐに泣き止み、どこか悪辣な微笑みを浮かべた。 「あら、そう? 良かった。じゃあお言葉に甘えて好きな名前にさせていただくわ。子供の名前は“”! これで決まりよ!」 「あああ! もう嫌だ!」 さんざんに振り回され、真田はあまりのストレスで胃が痛む思いだった。 そうこうしているうちに、若菜が家にやって来た。 「わり〜わり〜」 若菜は謝罪の言葉を口にしていたが、反省の色は少しも感じられない。 「若菜君っていつも遅刻するのね」 「わはは、すんませ〜ん」 「罰則を設けるべきだわ」 「ばっそく!?」 「そうよ。若菜君のように同じ過ちを繰り返し、いくら口で注意しても効果がない人には罰を与えるしかないでしょう。周囲の人々が黙認するからあなたは反省しない。いつまでたってもあなたの遅刻癖は治らない。は若菜君のために罰則を設けたいわ。そうね、罰金制がいいわ。一分遅れるごとに百円ね」 「ちょ、ちょっと待ってよちゃん」 「ちょっと待ってですって? もう充分待ったわ。約束の度に待たされているんですもの」 「許してよ〜」 と若菜がそんなやり取りをしている間、真田は先程に与えられた心理的なダメージからまだ立ち直れないのかどこかぼんやりとしていた。 「なんか一馬、元気なくない?」 「もしかしてアノ日なんじゃなくて? うふふふふ…」 「うわっ、ちゃんってオッサンみたいなこと言うんだな! 今まじで引いた」 「げへへ、セクハラ萌え〜」 「きもい!きもいよちゃん!」 「げっへっへっへっへ」 『趣味ハ ト ギョーチューケンサ! 趣味ハ ト ギョーチューケンサ!』 突然オウムが鳴き出し、三人ともビクリとしたが、聞かなかったことにした。 「そういや英士は?」 英士の不在に若菜は今更気付いた。 「そういえば帰りが遅いわね。きっとどこかで寄り道してるに違いないわ、あのキムチ野郎」 さもいまいましげにカーペットにペッと唾を吐きながらが言った。 「釣りでもしてんじゃねーの」 「さあ…。ちょっと真田君、探して来てちょうだいよ」 カーペットに付いた唾を拭きながらが真田に言った。 (えっ、なんで俺が…!?) 真田は不満に思ったが、それを口にすることはなかった。何故ならまたに恐ろしいことを言われそうだからだ。真田は無言で渋々立ち上がる。 「さっさと見付けてさっさと帰って来てちょうだいね」 は笑顔で真田を見送った。若菜はテレビを見ていた。 英士が行ったというスーパーに向かっている途中で、真田は英士を見付けた。英士は家と家の間の細い路地に挟まっていた。 「英士…、そんなところで何してんだ…?」 真田は、恐る恐る英士(←挟まっている)に尋ねた。 「出してくれ…出してくれ…」 どうやら好きで挟まっているわけではないらしい。真田は力を込めて英士を引っ張った。すると英士はずるりと出てきた。心なしか以前よりも平べったくなっていた。 「あ、ありがとう一馬」 「もう…。何してんだよ…ほんとに…」 真田は呆れ果て、そして疲れ果てていた。もう自分の家に帰りたいと思っていた。 「路地にこれが生えているのを見付けたんだ。それで、どうしても一馬にあげたくて路地に入ったら出られなくなってしまったんだよ」 言いながら英士は四葉のクローバーを真田に差し出した。 「一馬にあげるよ…」 「えっ、いらない…」 「ひどい! ひどすぎる!」 英士は喚きながら四つ葉のクローバーをモグモグと食べた。 真田は英士の奇行にビクビクしつつ、話題を変えた。 「英士が出かけてた間、ちゃんと色々話したんだけど…、彼女相変わらずだな…。英士には悪いけど、俺はちゃん、ちょっと苦手だな」 “ちょっと”というのは控えめな言い方で、真田はが死ぬほど苦手だった。 「も良いとこあるんだよ」 「例えば?」 「そう言われると悩むなあ…」 「一つも思いつかないのかよ!」 「ははははははは」 「なんか頭痛がしてきた…」 「あら、頭痛なの? 大丈夫?」 背後に鋭い殺気を感じた直後に、後ろからの声が聞こえ、真田は息が止まりそうになった。 「な、なんでちゃんがここに!?」 「も俺を心配して迎えに来てくれたんだね」 「ふふふ。あなたたち、の悪口を言ってたわね?フフフ…陰口か…ちょっと萌えるじゃない…」 薄笑いを浮かべるに、真田は戦慄を感じた。殺られるかもしれない、と真田は思った。 「頭痛なんでしょう、真田君。これを飲むといいわ」 はどこからともなく紫色の液体の入った小さな瓶を出してきて、真田に差し出す。 「さあ、お飲みなさい」 「の、飲んでたまるか!」 「はっはっは、よ〜し、じゃあ俺が飲もう」 「飲みたければ飲めばいいわ」 「英士!飲んじゃ駄目!」 「ゴックン」 「ああ!」 「あ〜あ…(笑)」 「“あ〜あ”って何だよ!」 その頃結人はテレビを見ていた。 |
Oct.1,2001
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