恋を語るなら低い声で。
「良い匂いがする」
英士のシャツに顔を押し付け、鼻をくんくんとさせながら、どこかうっとりとした様子で一馬が言った。
「そう?」
「うん。ボディシャンプーの匂い?何使ってんの?」
「石鹸だよ。植物物語」
「じゃ俺も次からはそれ使お」
唐突に英士は一馬の髪を乱暴な仕草で掴んで顔を上げさせる。
「犬みたい」
至近距離で両者の目が合った。視線が熱くぶつかって、何かが弾けて、何かが砕ける。音も無く。相手の眼球に映っている自分がいやに深刻な表情をしていたのでなんだか受けてしまった。
「犬でいいよ」
猫みたいな目を、しているくせに。
犬にしろ、猫にしろ、どっちにしたって発情期だ。気持ち悪いから目を逸らしたかった。なのに吸い込まれるように英士は一馬に口付けた。
「目ぐらい閉じれば?」
「嫌だ。勿体無い」
あーあ、やっぱり犬でも猫でもなく人間だ。こんなに貪欲じゃないか。
「“尊敬”とか“可哀相”って言葉を簡単に口に出来る人間は気持ち悪くて嫌だね」
「ふうん?いいこと言うね、お前って。
尊敬しちゃうよ。
でも、
可哀相」
英士の台詞に、結人の頭は真っ白になった。
返す言葉が見つけられなかった。
「好きだよ」
何でもないことを言うように、でもいつもより少しだけ低い声で英士が言った。
告白のタイミングとしてこれは最高であるようにも最悪であるようにも思える。
「うそつき」
結人がやっとのことで搾り出した言葉はこれだけ。
「お前も俺のことを好きなんでしょう?」
そこで否定しても肯定しても流しても黙っても同じような気がした。
「俺は、生まれてから今まで、お前ほど気持ち悪い人間を見たことがない」
結人がそう言うと、英士は蕾が綻ぶみたく笑った。
笑うと、すごく可愛い。
本当は、笑わなくたってすごく可愛いことを前から知っている。
「なあ、英士のどこが良いわけ?だってあいつめっちゃきもいよ。
優しくないし、キムチ好きだし。実は、水虫だし。
それに、あいつ、俺のこと、好きなんだよ?」
「そこがいいの」
と、一馬は返した。
それでもいいの、じゃなくて、そこがいいの、と来たか。
しかも真顔で。まいったね、まったく。
「あっそう」
それしか返す言葉が見つからねえぜ。
結人は吐き捨てるようにして、ばかなやつ、と呟いてみた。
おお嫌だ。その言葉はそのまんま自分に跳ね返ってくるのにね。
まいったね、まったく!☆
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