恋を食べるだけでは生きていけない。
そんなことは分かりきっている。 けれど、それでも、恋愛を中心にして、生活が回ってしまうでしょう? 誰かを恋すれば。 恋し恋されているだけで、すべてが良好だと思ってしまうでしょう? あの人さえいればそれでいい、とかほざいてしまうでしょう?
馬鹿馬鹿しくて幼稚な恋愛至上主義。 2人の中だけで完結した独善的な幸福観。
忠告:『あなた達、いつか身を滅ぼしますよ?』
ここに、今にも身を滅ぼしそうなほどに恋愛至上主義な2人の青年がいます。 今日は、そんな2人の一日を、少し覗いてみることにしましょうか? そして、彼らを鼻で笑ってやりましょう。
<起床>
まだ空が暗い頃…
お互い個別に部屋をもっているというのに、2人の男は同じ部屋にいた。 しかも同じベットで。 これが何を意味しているかは皆様方のご推察の通り。
「カミュー、起きろ。」 このような早朝から、すでに起きている黒い髪の青年が、 まだ眠りについている茶色い髪の青年の肩を軽く揺さぶる。 「う……。」 揺り起こされようとしている、カミューと呼ばれた青年は低くうなった。 「起きろ。」 黒い髪の青年は、しつこく茶色い髪の青年を起こそうとする。 「……何、…まだ、起きる、時間じゃないだろ……」 「今日は朝練に付き合ってくれる約束だろう? 昨日の晩、お前がそう言ったから…」 「……言ったかな……そんなこと。」 「!言った!言ったぞ!!」 「…ちょっと、マイク、そんな大声出さなくても聞こえてるってば…」 「約束は守れ。一度誓ったことは・・・」 と黒い髪の青年が約束がいかに大切なことか語ろうとしている間に、 茶色い髪の青年は再度うとうとし始めていた。 「カミュー!人が一生懸命話しているときに寝るな!」 「う……だって……」 「起きろ〜〜。」 茶色い髪の青年の肩を揺さぶり続ける黒い髪の青年。
「〜〜、ああ、もう、分かったって。」 「起きたか?」 「キスしてくれたらちゃんと起きるよ。」 茶色い髪の青年は悪びれることなく言う。 「な!なんで、…」 黒い髪の青年は『キス』という言葉に反応して赤くなった。 「昔から、眠れるお姫様を起こすのは王子様のキスだと相場は決まっている。 …さ、王子様、美しき姫君に目覚めのキスを。」 茶色い髪の青年はそう言って、黒い髪の青年を受け入れるように、両腕を伸ばした。 「……カミューはお姫様なのか?」 黒い髪の青年は呆れたように問うた。 「そうだよ。眠れるお姫様だ。ずっとお前を待っていたんだよ。 王子様がキスをして、起こしてくれるのをね。 さあ、早く、キスして。ね?」 我侭な子供のようにただひたすらキスをねだる茶色い髪の青年を、黒い髪の青年はかわいいなと思った。
「……しょうがないな……」 そう言って茶色い髪の青年に静かに口付ける。 黒い髪の青年は顔を離そうとしたが、茶色い髪の青年はそれを許さなかった。 背中に回した腕に力を込めて、黒い髪の青年を離そうとはしない。 口付けは、深まるはことなく、幾度も幾度も繰り返される。
「…も、もう、い、いいだろ?!」 黒い髪の青年は強引に茶色い髪の青年を引き離してからそう言った。
その後、茶色い髪の青年は突然ガバリと布団から起き上がる。 そして、黒い髪の青年に優美な微笑みを浮かべながら言った。 「おはようございます、王子様。」 「…おはよう、お姫様。」 黒い髪の青年も一応そう言った。 たまにはこいつの冗談に付き合ってやるか、そんな軽い気持ちで。 その後2人で少し笑い合った。
……朝起きるだけで、こんなふうな2人の青年。 ちょっと手に負えない感じです。 もっと普通に起きられないのでしょうか。時間の無駄です。時間の無駄。 朝からこれじゃ、先が思いやられますね、ほんと。
<昼食>
太陽が子午線を通る午後12時。
レストランで2人は食事をしていた。
「やはり、体を動かした後に食べると料理もなお一層おいしいものだな。」 黒い髪の青年は本当においしそうに昼食を口にしている。 茶色い髪の青年はその様子をちらちらと覗い、幸せな気分を味わった。 (かわいいな・・・マイクロトフは。子供みたいだ…) なんてことを思いながら。
「どうした、カミュー?あまり腹が減っていないのか?」 茶色い髪の青年の食の進むのが遅いのを不思議に思って、黒い髪の青年は問うた。 「お前が食べているのを見るだけで、お腹がいっぱいになりそうだよ。」 綺麗に微笑んでそう答える。 「見ているだけでお腹がいっぱいになるのか? そんなことあるはずないだろう。」 黒い髪の青年が不思議そうに問い返すのを、茶色い髪の青年は微笑ましく思った。 「そんなこともあるんだよ。」 「そうなのか?でもちゃんと食べないとだめだぞ。」 「はいはい。」
(……なんなんだ、こいつらは…。 たかが昼飯を食ってるだけなのに、なんで奴らの周りの空気だけが桃色なんだ・・・) 2人の青年の近くのテーブルに座っていた熊に似た男(というかむしろ熊)はそう思っていた。
「マイクロトフ、何か口の端に付いてるよ?」 茶色い髪の青年はそう言った。 「え?どこだ?」 口の周りを触る黒い髪の青年。 「ここんとこ、ここんとこ。」 茶色い髪の青年は、自分の口の端を指で差して、黒い髪の青年に教えようとする。 「え?ここか?」 黒い髪の青年は、教えられている方と逆の方の口の端を指で触る。 「そっちじゃないってば。」 「え?」
「こーこ!」 ガタン 茶色い髪の青年は、テーブルに身を乗り出して、黒い髪の青年の口の端に付いた食べかすを指で拭う。その後、その指をペロリと舐めた。 「もう、本当に子どもみたいだな、お前は。」 「……すまない…」 子どもみたいだと言われた黒い髪の青年はちょっとしゅんとした様子で俯いた。 「まあ、いいけどね。」
(……なんなんだ、こいつらは…。 何で、いっつも同じことを繰り返すんだろう……) 熊は昼食を取りながらも、2人の青年が気になってしょうがなかった。
でもまあ。近くでこんなことばかりされたら気になりますよね。 昼もこんな感じな2人の青年。 何なんでしょうか、彼ら。 もはやアホです。アホ。 見ているこっちが恥ずかしくなります。 でも、恋する2人は、端から見て自分たちがどんなに滑稽であるかなんて考えたりしないのです。 自分たちさえ幸せならそれでいいのです。
<就寝前>
夜、眠る前のひとときの自由と安らぎの時間。
個別に部屋があるのになぜかやっぱり一緒の部屋にいる青年2人…。 別々の部屋で寝ろ。それぞれ自分の部屋があるんだから。
黒い髪の青年は本を読んでいる。 茶色い髪の青年は本を読んでいる黒い髪の青年を見ている。
「ヒマだね……」 と茶色い髪の青年。 「別にヒマじゃない。」 と黒い髪の青年。
「そうだ、指相撲しよう!」 突然そんなことを言い出す茶色い髪の青年。 「……何をいきなり……」 黒い髪の青年は、本から目を離し、呆れた顔で茶色い髪の青年を見つめた。
その隙に本を取り上げる茶色い髪の青年。 「あ!何をする!」 「はい、指相撲、指相撲。」 茶色い髪の青年は、強引に黒い髪の青年の右手に自分の右手を絡ませる。 「……しょうがないな……」 結局は言いなりの黒い髪の青年。 「よーい、スタート。」 茶色い髪の青年のその掛け声で、指相撲が始まる。
親指と親指の攻防。 どちらも1歩も譲ろうとしない。 勝負は結構長い時間続いている。
「マイク。」 勝負の途中に突然話しかける茶色い髪の青年。 「……何だ。」
「明日あたりに結婚しようか?」
「は?!」 茶色い髪の青年の突飛な言葉に気を取られる黒い髪の青年。 一瞬の隙を突いて、茶色い髪の青年は、黒い髪の青年の親指を自分の親指で押さえ込む。 「1・2・3・4・5・6・7・8・9・10!」 ものすごい速さでカウントする茶色い髪の青年。
「はい、俺の勝ち。」 右手を離して茶色い髪の青年は言った。 「ひ、卑怯だぞ!」 黒い髪の青年は抗議の声を上げる。 「卑怯なものか。戦略だよ、これは。」 「卑怯者!」 「…じゃ、いいよ、卑怯でも。 でも勝ちは勝ちだからね。戦利品を、ね。」 「……戦利品…」 黒い髪の青年は嫌な予感がした。
「キスして、キス。」 茶色い髪の青年はまたもやそんなことを言い出す。 「……それは、今朝しただろ……」 黒い髪の青年はいい加減呆れていた。 「マイクは勝負に負けたから、俺の言うことを聞かないと。」 「そんなルール聞いてないぞ!」 「当然過ぎるルールだから言ってなかっただけさ。」 「…納得いかないな。」 「はいはい、早く早く。 なんか、ブームなんだって、俺の中で。自分からじゃなく、相手からキスされるのが。」 「訳の分からないことを……」 「1回でいいから。1回。一瞬。」 茶色い髪の青年は黒い髪の青年を急かす。目を閉じて口を少し突き出して待っている。 「しょうがないな……」 はい、今日でこの台詞は3回目の黒い髪の青年。 あなた、本当に言いなりですね。
『ちゅ。』
茶色い髪の青年の綺麗な額にちょこんと口付けが落とされる。 「……デコちゅう?」 茶色い髪の青年は額を押さえて、黒い髪の青年を見る。 「……不満か?」 「不満も不満だよ。口にしてよ、口に。」 そう言って再度目を閉じる。
『ちゅ。』
茶色い髪の青年の形の良い唇にちょこんと口付けが落とされる。 「…さっきの本当にキス?」 茶色い髪の青年は笑いながら問うた。 「な!ちゃんとキスしたぞ!」 「指で口に触れただけかと思ったよ?」 そう言いながら、黒い髪の青年の指を取り、自分の唇にそっと当てる。 「こんなふうに、ね?」 「口でした!」 黒い髪の青年は真っ赤になって、手を振り解きながら言う。 「もう1回だよ。」 「……また……」 「もういっかい!」 そしてまた目を閉じる。
唇を合わせるだけの軽いキス。
黒い髪の青年が顔を離そうとすると、茶色い髪の青年は追いかけるように唇を合わせる。 時間をかけながら次第に深まりゆく口付け。 濃厚ではあったが、そこには乱暴さの欠片も無く、ただただ甘く濃いだけの口付けが延々と続く。 最後に茶色い髪の青年は黒い髪の青年の唇をきつく吸って音を立ててから唇を離す。
「はい、ありがたくいただかせてもらいました。」 茶色い髪の青年は、冗談ぽく、目の前でパチンと両手を合わせる。 「………。」 黒い髪の青年はまだ先ほどのキスに酔っているようで、目がうつろである。 茶色い髪の青年はうっすらと笑い、黒い髪の青年に再度口付ける。
そうして、少し唇を離した隙に優しく囁いた。 「もう、この際だから、最後までいただいてしまおうか。」
「……しょうがないな……」 黒い髪の青年、4回目のこの台詞。
そして、甘ったるい夜の営みの始まり。
それが終わって、朝が来れば、また話は振り出しに戻ったりして。
ああ、もう、本当に甘ったるい2人だこと。 これは完全にいかれていますね。 治療の術がありません。 こいつら、毎日毎日、飽きもせずにこういうことを繰返しているらしいですよ。 ああ、馬鹿馬鹿しい。
警告:『あなた達、近いうちに、身を滅ぼしますからお気を付けて!』
さて、皆さん、奴らの一日を観察することを楽しんでいただけたでしょうか? 「ばっかじゃねーの、こいつら!」と鼻で笑っていただけたのでしたら幸いに思います。
でも、まあ、アレですね。こいつらみたいに生きていけたら、楽しいだろうなとは思いますがね。 私はそういう甘ったるいのは遠慮したいですが。
”They can't live without sweets.” 『彼らは、甘いもの無しでは生きていけない。』
ま、そういうことです。
案外、何だかんだ言って彼らを馬鹿にしながら、私達も同じ穴の狢(むじな)なのかもしれませんがね。
終わり。
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