週に二回、私はみゆきの家に行く。 私は家庭教師のアルバイトをしている。みゆきは小学五年生、私の教え子だ。私はみゆきを愛している。女子大生が小学生の女の子を『愛している』なんておかしな話かもしれない。私はみゆきをどうこうしたいわけじゃない。(どうこうしたら犯罪だ) でもこの愛は確かなものなのだ。 みゆきに初めて会った日のことを、今でも鮮明に思い出すことができる。そう、あれは半年前のことだった。 「先生、今日からよろしくおねがいします」 母親の後ろに隠れるようにしながら、みゆきは蚊の鳴くようなか細い声で言った。右手でしっかりと母親のスカートの裾を掴んでいる。 「すみません、人見知りの激しい子で。みゆき、先生にもっとちゃんとご挨拶なさい」 母親は困った顔をして、みゆきの腕を引っ張る。みゆきは頬を赤く染めて、うつむいていた。泣きそうな、みゆきの顔。私は、そんなみゆきを見ながら思ったのだ。 『私はこの子のためなら何だってしよう。何だって出来る』 と。 それは直感、予感、確信、決心、誓い。私はみゆきのためなら何だって。みゆきが、「先生、私といっしょに死んで」と言ったなら、私はそうしてしまうだろう。 ある日のこと。みゆきのクラスで飼育していたウサギが死んでしまったらしい。 みゆきは、恐ろしいほどにどろどろと泣いた。ひたすら涙を流すみゆきを前に、私は不思議な気持ちになっていく。みゆき、何をそんなに悲しむことがあるの。 しばらくして、泣き疲れたみゆきが、赤く腫らした目(ウサギの目みたいね、みゆき)を私に向けて、言った。 「なんで、死んじゃうんだろう」 「生きてるからよ」 「生きてるから?」 「そう」 「よく分かんない」 「仕方ないことなのよ」 「仕方ない?」 「そう。世の中ってね、仕方のないことが多いのよ」 私の言葉に、みゆきは黙り込んでしまった。 「みゆき、死ぬのが怖い?」 「分かんない」 「みゆきも、みゆきのパパもママも、いつかはみんな、死んでしまうのよ」 「そんなこと言わないでよ!」 みゆきは声を上げた。泣きそうな声だった。みゆき、泣きそう。もう少し突つけば涙を流してしまうだろう。みゆきの泣き顔は美しい。はにかんだような笑顔も美しい。怒った顔も、困った顔も、ぜんぶ。みゆきはとても綺麗な子だ。 「仕方のないことなのよ」 私は小学校の時に母を病気で、中学校の時に父を交通事故で亡くした。だからといって、そういう理由で何かを悟ったつもりですましているわけではない。私は、もっと、ずっと小さい頃から、両親健在だった頃から、人が死ぬのは仕方のないこと、世界が終わりへと向かうのはどうしようもないこと、永久や絶対なんてものは存在し得ないこと、そんなこと、当然のように分かっていた。私は昔から、仕方のないことを仕方のないものとして受け入れることのできる子だった。もしかしたら、そういう私の性質は私の遺伝子に組み込まれているのかもしれない。生まれた時には既に、私は、世の中には仕方のないことがとても多いことを知っていたのかもしれない。 「みゆき、死ぬのは怖くないわ。みゆきが死んだら私も死んであげるから。一人じゃないのよ。怖くないわ」 「…先生、ほんと?」 「ほんとよ。私がみゆきに嘘を言ったことがある?」 「ううん」 「じゃあ、もう泣くのはやめにしてちょうだい。今日のノルマをこなしましょう」 みゆきに教科書を開くよう促す。みゆきは、あどけない手で教科書をめくる。 「私ね、先生が好き。だって、先生は嘘をつかないから。先生は物知りだから。先生は美人だから。先生が好き」 「じゃあ両想いね。私もみゆきが好きよ」 好きよ。とても好きよ。 |
Aug.25,2000
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