あなたのことをいつか忘れられる日がくるかしら
 あなたのどんな素敵な仕草も思い出せなくなるような日がくるかしら






さ い ご の に ち よ う び


 それはなんの変哲もない日曜の朝でなんの変哲もなく日曜の朝が終わり日曜の昼が終わり日曜の夜が終わり月曜の朝が来ることだろうと容易に予測出来るようななんの変哲もない日曜の朝だった。
 朝食が終わったあと、カナちゃんが、「私、卒業したら結婚するから」と言った。私は自分の耳を疑った。
「結婚するの?」
「結婚するのよ」
「田山さんと?」
「田山さんと」
「ここを出て行くの?」
「出て行くわ」
「本気なの?」
「こんな冗談言ってどうするの」
「信じられない」
「ずっと前から考えていたことよ」
「本気なの?」
「本気よ」
「信じられない」
 信じられない。
 信じられない。
 カナちゃんがここを出て行くだなんて。
 信じられない。
 私とカナちゃんは小学校の頃からの友達で、同じ中学に進み、同じ高校を受験して同じ高校に進み、同じ大学を受験して同じ大学に進み、学校の近くのアパートに二人で下宿していた。カナちゃんとは、もう15年の付き合いになる。
 田山さんはカナちゃんの恋人だ。田山さんはカナちゃんのバイト先の副店長で、私達よりも5つ年上。カナちゃんと田山さんは、付き合ってもう3年になる。田山さんはとてもいい人だし、二人は本当に仲がいいし、上手くいっているみたいだから、いつか二人は結婚するかもしれないな、なんて、薄っすらとは思っていた。でも、こんなにも早くそんな日が来るだなんて思いもしなかった。私達は4年生で、この春卒業する。私もカナちゃんも、就職先が決まり、就職先は同じではないけれど、二人ともこのアパートから通える距離にある会社に勤めることになった。だから、卒業した後も、私とカナちゃんは一緒に暮らすものだとばかり思っていた。信じられない。信じられないわ。私とカナちゃんが、この春には離れ離れになってしまうなんて、信じられない。
「信じられない」
「沢井、ごめんね。もっと早くに言ってれば良かったね」
「信じられない」
「もう決めたことなのよ」
「本気なの? カナちゃん、本気でユキを置いて行ってしまうの?」
「泣かないで、沢井。ここを出て行ったって、結婚したって、あんたと私はいつまでも友達でしょう。会社だって近いし。いつでも会えるわ」
「カナちゃんと離れ離れになるなんて信じられない」
「沢井…、」
 カナちゃんは困ったように溜息を吐いた。
 私はずっとカナちゃんを困らせてばかりいた。私は甘ったれで何も出来ない駄目な子で、カナちゃんがいないと何も出来なくて、本当に何も出来なくて、カナちゃんに頼ってばかりで、カナちゃんを困らせてばかりで、私は、何も出来なくて、カナちゃんのために何も出来なくて、私は、私は、本当に。カナちゃんが溜息を吐くたび、申し訳ない申し訳ない、ちゃんとしなくちゃって思い続けてきて、でも出来なくて、どうすればいいのか分からない。そんな、カナちゃんが行ってしまうなんて、信じられない。カナちゃんが、私以外の人の側でずっと過ごすことになるだなんて、そんな。
「ごめんね」
 謝るカナちゃん。
 謝罪の言葉なんていりません。そんなものが何になるっていうの?
 お願いカナちゃん、嘘だと言って。さっきのは全部嘘だと。ずっと沢井の側に居るよ、と言って。ユキの側に居て。行かないで。お願い。どうか。行かないで。
「行かないでカナちゃん」
 カナちゃんは静かに首を左右に振った。
 ひどい。
「カナちゃんがどうしても行ってしまうと言うのなら」
「何?」
「カナちゃんを殺してユキも死ぬわ」
「いいわ」
「いいの?」
「うん。やれるものなら」
「冗談よ」
「分かってる」
「冗談に決まってるじゃない」
「分かってる」
「ただちょっと驚いただけなの」
「うん」
「こんなにも早く、離れ離れになってしまう日が来るなんて、思いもしなかったから」
「うん」
「こんな普通の日曜の朝に、こんなことを言われるなんて、思いもしなかったから」
「うん」
 カナちゃん、私、カナちゃんがいないと生きていけない。カナちゃん、だって私、ご飯の炊き方、知らないし。洗濯機の使い方、知らないし。カナちゃん、どうしよう、死んじゃうの、ユキ、死んじゃうよ。生きていけない。
 でも、カナちゃんは、ユキ無しでも生きていける。田山さんがいるし。
 ユキを置いて、一人で幸せになっていくんだね。
「カナちゃん、」
 貴方の名前を呼ぶとき、私はいつも、祈るような思いで、胸を痛めていました。
「幸せにならないで」
 ユキを残して、一人で、幸せにならないで。
「さよなら、ユキ」
 カナちゃんが、はじめて私を名前で呼んだ。
 私はずっと、カナちゃんに名前で呼んでほしかった。
 最後の最後で願いは叶った。全てがおしまいになるってときに、願いが叶った。
 おしまいなのに。
 もう、全て、おしまいなのよ。
「私、子供産むなら女の子がいいわ。あんたみたいに、可愛くて、頭の悪い、女の子がいい」
 穏やかで綺麗な微笑みを浮かべて、カナちゃんが言った。
 カナちゃんは多分、男の子を産むだろう。私のカンはよく当たる。




2000年の終わりごろ?



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