だからその手を。 月と共に監禁されて、もう何日になるだろう。共に、と言っても勿論場所は別だし、連絡等も一切取れない。 私はする事もなす術もなく、ただ固い寝台に横たわっていた。 頭の中にぼんやりと幸子や粧裕のことが思い浮かぶ他には、何も考えることがなくなってきている。人間の防衛本能というやつだろうか。 しかし、月の事を思う時、私は正気に返る−−−返らせられる。 自ら監禁を願い出た、そしてそれ以前から竜崎の疑いの的になっていた、私の自慢の息子。 私と息子は今、全く同じ状態で監視されている。いや、『同じ』ではない。息子には竜崎のあからさまな疑惑の目が向けられている。何とか出来ないものかと必死に考え、結果、こうすることしか私には出来なかった。 何故こんなことになったのだろう。 働かない頭でぼんやり考える。 これまでの常識では信じられないような殺人鬼「キラ」の出現、捜査本部の混乱と解体、そして竜崎ことLとの出会い。宇生田の死、さくらテレビへの突入、弥海砂、それから、それから−−−分からない。いくら考えても分からない。私は一体誰を追いかけ、何を捕まえようとしているのか。 と、牢の扉がガチャリと音を立てて開いた。入って来たのは猫背の人影−−−竜崎だ。 「今日は、夜神さん。ご機嫌はいかがですか」 「いい訳ないだろう」 私はぼんやりとした頭のまま答えた。 それは精一杯の嫌みのつもりだったのだが、竜崎はああ、それはそうですよね、などと嘯いている。 彼は私が横たわっている寝台のふちに、遠慮もなく例の座り方でしゃがみこんだ。 「それで、どうしたんだ竜崎。何か進展でもあったのか?」 「残念ながら進展はありません。ただ、貴方の顔を見たかっただけです」 「…」 24時間中モニターで見張っているくせに、この青年はまたこんなことを言う。 「夜神さん、本部中の皆が心配しています。何故食事を摂らないんです?」 「それは…」 それは、ささやかな抵抗のつもりだった。監禁されていることにではなく、この状況全てにおいて、何か意思表示をしなければ気が狂いそうだった。 「私は何もフルコースを食べろと言ってるんじゃないんですよ」 竜崎は続けた。 「ただ、せめて最小限の水分と栄養は摂ってください。そうでなければ、」 「…?」 「…そうでなければ、私の気が狂いそうです」 私は思わず寝台から起き上がった。 何を言うのだ、Lともあろうものが。 「夜神さん」 すい、と竜崎の手指が私の頬に伸びて来た。それは想像通り冷たくさらりとしていて、清潔だった。 「な、なんだ」 触れられたところから動揺が広がるのを、抑えきれなかった。 「どうして気付かないふりをするんです。キラは夜神月、第二のキラは弥海砂、それで決まりのはずだ」 「決まりではない!」 私は竜崎の腕を払った、つもりだったが、実際はフラフラと寄り掛かったような形になっただけだった。 「まだ決まりじゃないからこそ、私たちはこうして君に全てを見せているんだろう!?」 「それはそうです。しかし−−−」 竜崎が何か言っている。 しかしその内容は、私の耳に届かなかった。ただ竜崎に触れられている一点だけが、私に許されている感覚のような気すらしてきた。この手を離して欲しい。 そう思った。 冷たくて清潔な手が私に触れ続けている。 その手を離して欲しい。 「夜神さん、聞いてますか?」 「あ、ああ、いや…」 しどろもどろになる自分を隠し切れず、つい私は竜崎の眼を覗き込んでしまった。 黒い強い瞳が私を捕らえた。 逃げられない。 だが、ふいと視線を外したのは竜崎のほうだった。 頬に触れていた指も離れて行き、私は自分でも驚くほど大きな息をついた。 「ほら、食事が来ましたよ」 見ると、ワタリが食事の乗ったトレイを持って立っていた。 いつの間にこの牢の前まで来たのだろう、私には彼の足音一つ聞こえなかった。 彼もやはり謎の多い人物だ。 そんな事を考えながら後ろ姿を見送っていると、不意に目の前に、スプーンに乗ったシチューが現れた。 「うわ!?」 「どうしても召し上がらないなら、私が食べさせてあげます」 「なっ、えっ、ちよっ 「さあどうぞ」 「いや、だから 「大丈夫、今この部屋のモニターは切ってあります」 「そういう問題じゃ…、げほッ」 否応なくスプーンが口に突っ込まれた。 熱いシチューが舌を焼く。 「っつ…!」 「あ、これは熱いですね、すみません」 竜崎が同じスプーンでシチューを一口食べてそう言った。 熱いも何も、湯気が立っているほどじゃないか。 「舌、火傷しませんでした?」 「したに決まってるだろう!」 「じゃあ冷やしましょう」 しゃあしゃあとそう言ったかと思うと、私の両頬にさっきの感覚が甦り−−−口内に、冷たい水が注ぎ込まれて来た。竜崎の、唇の感触と共に。 私は、いや、私たちは長い事動けずにそのままの体勢でいた。 やっと、そっと竜崎の唇が離れていった。 私は彼に頬を挟まれたまま、ぼんやりとしていた。 「夜神さん」 声が遠くから聞こえる気がする。 「あなたの息子さんは、キラです」 「違う」 身動きがとれない。 どうかその手を離して欲しい。 「あなたの息子さんが、キラです」 「ちが、うッ…!」 だから、その手を離して欲しい。 私は息子を信じる。 信じている、のだから。 |
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