世界三大探偵は電気羊の夢を見るか
そうか、と総一郎は思った。 そうか、こんなにもあどけない顔で眠るのか。 膝の上には確かな重みと温もり。 竜崎は、総一郎の膝でスースー寝息を立てて熟睡していた。 事の発端は、松田だった。 「竜崎って、ほんとにあの椅子の上でしか寝ないんですかね」 輪番制で仮眠を取っている中、総一郎にそう耳打ちしてきたのだ。確かに総一郎も気にはなっていた。彼らが見る竜崎の姿は、常にモニターを見張る後ろ姿。『 いつ寝てるんだろう…』の問いは誰しもが持っているものだ。竜崎が摂取する甘いものは全て睡眠に変わる? そんな馬鹿げた話はないだろう。 総一郎はベッドから起き上がった。 「え、あ、捜査ですか?」 隣のベッドに寝ていた松田が慌てて起き上がろうとするのを片手で制し、総一郎はコネクティングルームの扉を開けた。 巨大なモニターを前に、竜崎が例の座り方で陣取っている。 「どうしました、夜神さん? まだ1時間と47分眠れますよ」 こちらを振り返りもせずに、竜崎はそう言った。 「いや、私は今日は2回も眠らせてもらった。それよりも竜崎、君の事が気にな ったんだ」 そこで初めて、竜崎はこちらを振り返った。 「何がです?」 「いや、我々は順番に仮眠を取らせてもらっているが、竜崎、君はいつ休んでいるんだ」 「はあ、まあ適当に」 「適当にも程があるだろう。ここは私が見ているから、松田と休んできたらどうだ?」 総一郎は、なるべく竜崎がこの提案を受け入れるべく、慎重に言った。 が、返って来た答えはそっけないものだった。 「結構です」 「結構ですって、それは私が何かを見落とすとでも?」 つい、語気が荒くなる。それは幾つものモニターの一画面に息子が映っているせいだろう。 「ああ、いや---」 竜崎もそれに気付いたのか、ぬるまったコーヒーに角砂糖を幾つもほうり込みながら言った。 「夜神さんを信用していない訳ではありません。ただ、どうせ眠れないんです。それなら、ベッドにいるよりこうやってモニターを眺めているほうがマシというものです」 「…ああ…しかし、身体を横たえるだけでも負担は随分軽くなるだろう」 「そう思って、皆さんには仮眠時間を取ってもらってるんですよ」 だから、夜神さんも気にせず眠って下さい。そう言って、探偵は歯に悪そうなコーヒーと共にモニターに向き直った。 だが、気にするなと言われて気にしない総一郎ではない。 ずんずん竜崎に歩いて近づくと、もう一度彼に告げた。 「竜崎、ここは私が見ている。だから君は隣室で松田と一緒に休んでくるんだ」 竜崎は一瞬キョトンとした表情をして、次には困った顔をした。 「そう言われても…私、眠るのって面倒臭いんですよね…」 「〜!!」 総一郎はガッと竜崎の腕を掴み、座っている椅子から引きずり降ろした。そのまま渾身の力をこめて、ズルズルと三人掛けのソファまで引きずる。 「暴力は反対ですよ、夜神さん」 「やかましいっ」 何だかんだと言いながら、何とかソファに竜崎を座らせた。 「で?」 全く動じていない探偵に、ぜいぜい肩で息をしながら総一郎は言った。 「で? じゃない、ここで横になって眠るんだ。ここならモニターにも近いし、落ち着けるだろう。何か異常があればすぐに起こす、約束する」 「…」 竜崎は何とも言えない顔をして黙った。 これでまだ眠らないというなら、あきらめるしかないと総一郎が思った時、竜崎が再び口を開いた。 「では、ひざ枕をして下さい」 「!?」 今度は総一郎が黙りこくる番だった。 「夜神さんにひざ枕をしてもらえれば、眠れそうな気がしてきました、私」 「…」 「えーと、そうですね、はいそこに座って、もうちょっと詰めて、はい結構です 」 勝手に総一郎をセッティングし終わった竜崎は、その膝の上にこれっぽっちの遠慮もなく横たわった。 そして、呆然とする総一郎を置き去りにしたまま、あっという間に寝息を立て始めたのだった。 「…竜崎…?」 小声で名前を呼んでみても、ひそりともしない。 竜崎は完全に寝入っていた。いつものように少し背を丸めて、膝を抱え込むよう にして。スー、スーという規則正しい寝息が、最初は戸惑っていた総一郎に安堵を与えた。 何はともあれ、「竜崎を寝かしつける」ことには成功した訳だ。 起こさないよう気をつけて竜崎の髪を撫でてみる。さくさくと猫の毛を触っているような気になった。起きる気配は全くない。 『やっぱり、相応に疲れていたんだろうな…。これからは本人が何と言おうと、きちんと気を配ってやらないと』 そんな事を考えていると、コネクティングルームの扉が開いて、寝ぼけ眼の松田が入ってきた。 「うわっ」 と、あからさまに驚くのをシー、と必死で抑える。 「どうしたのかと思ってたら、局長…。僕は感動しましたよ」 「…?」 「まるで母猫と子猫みたいです!」 総一郎はこの若いボケた刑事の言い方に、ぶっと吹き出しかけた。 「局長、静かに! 竜崎が起きます!」 「あ、ああ…」 「うわー、よく寝てるなあ。僕、一度竜崎の髪に触ってみたかったんですよねー。なんかすごいボサボサで気になるじゃないですか。今なら触ってもいいですかね? いいですよね?」 何故か無邪気にワクワクしている松田に対し、総一郎は「あ、ああ、多分…」としか返せなかった。まさか先に自分がそうしてみた、とは言えない。 「じゃあ触ってみようっと…て、うわ!!」 松田は驚いて尻餅をついた。 竜崎がバッチリハッキリ目を開いて松田を見上げていたのである。 「り、竜崎、起きちゃったんですか!?」 「誰かに触られる気配がすれば目ぐらい覚めます」 「うわー、さすが竜崎! ね、局長!」 「あ、ああ…」 ついそう言ってしまうしか、総一郎に道は残されていなかった。 竜崎はよいしょ、と総一郎の膝上から起き上がり、頭を掻いて欠伸をした。 「夜神さん、有難うございました。お陰でよく眠れました」 「あ、いや…」 「では業務に戻りましょうか。松田さん、ケーキをお願いします」 「はい! お目覚めのとびきり甘いチョコレートケーキですね!」 松田が部屋から出て行くと、総一郎は何故かほっとした。自分が触ったあの猫の毛のような感触は幻だったのかもしれない、そうぼんやり考えていると、竜崎が不意に耳元で囁いた。 「松田さんには内緒ですよ」 総一郎は視線を変えずに---変えられずにコクコク頷いた。もう竜崎は、いつも通りモニター前に陣取っている。その、ぴょこんと跳ねた横髪が、まるで猫の耳のように総一郎には見えた。 END |
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