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世 に も 美 し く 恐 ろ し い 魔 法 を か け ら れ 蛙 は お 姫 様 に な っ て し ま い ま し た







いつかこの呪いが解ける日がきたとしても

 金曜の夜だった。その夜、進藤は遅くまで勉強していた。といったら、ひどく熱心なように聞こえるが、実際は、襲ってくる眠気に押され気味で、頭はぼんやりとしておりペンを持つ手すらあやふやだ。
 自転車のブレーキの音がして、さっと眠気が拡散していく。ブレーキの音に続いてすぐ、スタンドを立てる音。ああ立松だ、と思う間も無く慌てて立ち上がり、進藤が急いで窓を開けた、
 瞬間、
 額に小石がぶつかった。
「〜〜〜!」
 小さな石ではあったものの、早いスピードで飛んできたものだったから勢いがあったし、それより何より、まさかこんなことが起ころうとは思ってもみなかったので、かなりの衝撃だった。進藤は思わずその場にしゃがみ込んでしまう。
「うわっ! ごめん!」
 窓の外、下から、驚いた立松の謝罪の言葉が飛んでくる。進藤はのっそりと腰を上げ、窓から顔を出して恨みがましい目付きで立松を睨んだ。下げた頭の上で両手を合わせ、ごめんなさい、ともう一度立松は謝る。もういいよ、と進藤が呆れた声で言うや否や立松はぱっと顔を上げ、「だってあんないきなり窓が開いて進藤ちゃんが出てくるとは思わなかったんだもの!」と言い訳を口にした。その態度の変わり様に進藤が眉を顰めるのにも構わず、早く下りてきてよ、と立松は右手で手招きをする。こういうのは、初めてじゃない。真夜中のデート。お互い受験生なので、こんなことをしょっちゅうやっていたら差し支えがあるから、頻繁ではなかったが。大体が金曜の夜か土曜の夜、祝日の前夜。だから進藤はいつも、休日の前夜はなかなか眠れないのだった。立松が来るかもしれない、と思うと、どんなに眠くてもベッドに入ることができない。ばかばかばしい、と思う。約束なんてしていない。来ないかもしれない。なのに待っているなんて。いや別に待ってるってわけではないぞ、と、進藤は自分に言い訳をする。でも、眠りたくないのだった。もしかしたら来るかもしれないと思うと。
 早く来て、と立松が進藤を急かす。屈託無く笑いながら。早くしなきゃ、と進藤は途端に焦る。掛けてあるコートを奪い取るような乱暴さで手に取って羽織りながら、電気を消し部屋を出る。コートを取ったときにハンガーが落ちたが、気にするゆとりは無かった。家族を起こさないよう静かに、と思いながらも、慌ててバタバタと階段を駆け下りる。ちゃんと履く時間が惜しく、かかとを踏んでスニーカーに足を入れ、やっとの思いで進藤が家のドアを開けると、すぐ目の前で立松が笑っていた。突然世界が変わった気がした。立松の笑顔が視界に入った瞬間、進藤の瞼の裏はどっと熱くなった。鮮やかな世界。目が眩む。世の中にこれ以上の歓びは無いようにすら思えて胸が詰まった。
「お姫様を攫いに来たよ」
 立松は、まだ息を切らしている進藤の手を取って、恭しく口付けた。
「何すんだよ!」
 慌てて手を引っ込める進藤に、立松が笑った。
 立松は店の自転車を借りて来ていた。「今日は二人乗りしようね」と言って荷台を指差してから、「はい、これ、お尻に敷いて」と、前カゴに入れていた座布団を取って進藤に差し出す。
「別にいいよ、座布団は。なんか、ずれそうだし。分厚…」
「いいからいいから! 厚意を無にしないで!」
 遠慮する進藤に分厚い座布団を押し付けてから、立松はハンドルを握り、スタンドを上げる。進藤が渋々荷台に座布団を敷いて、横向きに座ろうとすると、ちょっと待って、とストップの声が掛かった。
「何?」
「ちゃんと跨いで座ってよー。その座り方じゃ、すぐ、ピョンって飛び降りれちゃうじゃん。俺がこけそうになったとき、進藤ちゃんだけ助かっちゃうでしょ。そんなのダメよ。こけるときは一緒にこけるべき」
 子どもみたいに頬を膨らます立松に、進藤は驚いたり困ったりしない。また何か言ってるよ、くらいの気持ちで、まあいいや、と思い、立松の言う通りに座り直した。そうですそれでいいのです、と立松は満足そうに頷き、「進藤ちゃんは、俺と運命を共にする運命にあるのです」と平然とした口調で言ってのけた。その響きの、なんと恐ろしいこと、甘美なこと。進藤は軽い頭痛を覚えた。こんなことを、なんでもないことのように言ってしまう立松が、怖くて、愛しかった。
 分厚い座布団のせいで、立松の頭が少し下にある。夜の闇の中でも、髪の色の明るさははっきりと分かる。立松の髪の毛からいい匂いがしてきて、進藤はなんとなく照れてしまった。危ないからちゃんと腰掴んでて、と立松が言う。進藤は、なんだか恥ずかしくて、立松のジャケットの背を軽く掴むようにするだけ。そんなんじゃ落ちるよ、と立松が言うと、進藤は恐る恐る立松の腰に手を回した。途端、「くすぐったい!」と立松が声を上げる。
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
「わはは、ごめんごめん。そのままちゃんと掴まっててね」
 何があっても離さないでね。
 付け足された言葉の重みに、胸が痛んだ。
 何があっても離さないよ。
 と、心の中だけで返す。口にして返してないけれど、重みは伝わってるよな? 伝わってますように。と、進藤は願った。
「おでこ、平気?」
 自転車を走らせながら、不意に立松が問うた。咄嗟には何のことか分からず、でもすぐに、ああ石ね、と進藤は思い当たる。今更だよな、と少し呆れた。もう忘れていたほどだ。額はちっとも痛んでいなかった。
「全然平気」
「ほんとはね、投げずに済ますこともできたんだよね、普通に」
「えっ」
「石投げようとした瞬間、窓が開いて、あー、って思って、そこで止めることもできたの」
 でも投げちゃった、と悪気無く言って、立松が笑った。進藤は返す言葉を失ったが、しばらくして、「お前なあ…」と、いくらか怒りを込めた声を出す。小さな石ではあったが、当たった場所が額ではなく、たとえば目だったとしたらどうだったのか。そういうことを考えると、立松の行動を責めずにはいられない。全く反省している様子の無い立松が憎らしかった。
「あなたを傷付けることができるのは俺だけだよ」
 立松が発した言葉の内容よりもまず、『あなた』という響きに驚いた。何言ってるんだよ、と進藤が返すより先に、
「思い知らせてやりたい」
 と、立松が続けた。
(いいよ、思い知らせてよ
 って言ったら、冗談で誤魔化すくせに)
 進藤は、心の中だけで立松を責めてみた。
「今から立松の背中に指で字を書くから。なんて書いたか当てて」
 進藤の言葉に、「何よ、いきなり」と立松は笑ったが、「いいよ、一発で当てちゃうもんね」と楽しげに答えた。
 立松のジャケットの裾を左手で持ち上げてから、背に、指で、文字を綴る。
「うふふ、くすぐったい」
「はい、書いた。当ててみろよ」
「『タテノリだ〜いすき★ 結婚して!』」
「ぜんっぜん違う。そもそもそんなに長くない。カタカナ四文字だから。ていうか真面目にやれって」
「カタカナ四文字? じゃあ『タテノリ』だ」
「違うってば」
「もう一回書いて」
 今度は、さっきよりもずっとゆっくり、しっかり、進藤は立松の背に指で文字を刻む。
「ちゃんと当てて」
 祈るような調子で進藤は言った。立松は、しばらく黙り込み、そして、やっと口を開いて、
「…『ジャンボタニシ』?」
 立松のふざけた回答に、進藤は一気に脱力する。
「四文字じゃないじゃん!」
「わっはっは!」
 ほんとはなんて書いたのか最初から分かってたくせに、と進藤は思った。そして実際、立松は分かっていたのだ、最初から。背中に書かれるまでもなく。

 ウソツキ

「立松」
「ん?」
「どこまで行くの?」
「この世の果てまで!」
(いいよ、連れてって
 って言ったら、真に受けないでよ、って笑うくせに)
 また心の中で責めてみる。夜の空気は冷たくて、立松の髪からはやはりいい匂いがして、進藤は、何故か、泣けてきそうだった。
「立松」
「んー?」
「もっとスピード上げて」
「了解っ!」
 姫の望むままに、と冗談のように付け足された言葉に、進藤は苦く笑った。
 暗くて寒い夜の時間は止まってるみたいだけれど確実に朝へと向かっている。自転車は、スピードを上げて。闇を切り裂くようにして進む。裂かれた夜の欠片が、寒さで赤くなった鼻や頬にピシピシと当たって、痛いような、いいような感じで、痺れる。痺れて、脳の芯が、胸の奥が、じんとする。ばかみたい。ばかみたいだと思えば思うほど、生々しいものが込み上げてきて、痛切に、とても、痛切にリアルだ。どこまでも走っていけそうなのに、どこにも行けない気がした。
 色んなところに寄り道しながら学校まで行って、校舎の周りをぐるっと回ってから、真っ直ぐ進藤の家に戻っていく。
「タテノリは超紳士的だから、進藤ちゃんを攫ったりなどしないのれす…」
 立松は進藤の家の前で自転車を停め、なかなか降りようとしない進藤の手を優しく取って、降りるよう促した。立松の手を借り、進藤は名残惜しい思いで荷台から降りる。座布団をカゴに戻してから、「ちょっと耳貸して」と、立松は進藤を手招きした。
「何?」
「ヒミツの話」
 戸惑いながら近付いてきた進藤の耳元で、オヤスミ、と小さく囁いてから、耳たぶに軽くキスして、立松は笑った。耳を押さえて真っ赤になっている進藤に、「じゃあね!」と言い残し、一方的に去っていこうとする立松を、進藤は必死の思いで呼び止める。
「…待てよ!」
「なあに?」
「あ、ま、また来る?」
 吃ってしまい、進藤は恥ずかしさで余計頬が熱くなるのを感じた。立松に笑われる、と思った。しかし、立松は真顔で、
「たとえあなたがそれを望まなくとも」
 と。真摯な口調だった。
「…望むよ。…心から」
 進藤の言葉に、立松は笑って、光栄だね、と言った。あ、こいつ、信じてないな、と進藤は思う。
「じゃあ明日も来る?」
「さあねー。こういうのはさ、はっきりした約束とか予告とか無いほうがロマンチックでいいのよ」
「でも俺にも、ほら、色々予定とか心の準備とかあるじゃん。だから予告あったほうがいいんだって。いきなり来られたら、やっぱさ、」
 進藤の言葉を遮り、「別にいいよ」と立松がきっぱりと言った。その意味を量りかね、進藤の目が不安げに揺れる。
「別に、いいの。ダメならダメでいいんだよ。今夜は無理って言ってくれていい。窓を開けて顔を出さなくていい。気付かなくても、気付かない振りをしてもいい。あなたは俺に応えなくてもいいんだ」
 進藤は絶句した。いきなりひどい裏切りを受けたように感じ、目の前が真っ暗になる思いだった。やっとのことで、震える唇から零れた言葉は、やはり震えていた。
「…なんで…『あなた』とか言うんだよ…」
「かっこいいから!」
「かっこよくないよ。気持ち悪いよ…」
「ワハハハハ」
「なんで…なんで、『応えなくていい』なんて、言うんだよ…」
 かっこいいから?
 またふざけた答えが返ってくるのだと思って覚悟していたのに、何も返ってこなかった。夜はまだまだ暗くて、黒くて、たとえば今涙を流したとしても闇に吸い込まれてしまうだろうと思うと涙腺が緩む。進藤は静かに俯いた。
「進藤ちゃんを傷付けることができるのは俺だけだって、思い知らせてやりたいって、言ったでしょ」
 立松の声は闇に溶け込むように落ち着いたものだった。立松は、スタンドを立てて自転車を駐めると、進藤に歩み寄る。
「傷付いた顔、見して」
 進藤の頬に手を当て、顔を上げさせる。目尻が赤く染まっているのが、暗い中でもちゃんと分かった。
「傷付いてないよ」
 進藤が手を振り払うと、立松は、「あらそう?」と言って笑った。あまりにもあっさり立松が手を離したものだから、進藤はがっかりしていた。じゃあね、と、またも一方的に去っていこうとする立松の腕を思わず掴んでしまい、進藤ははっと我に返って慌てるが、掴んだ手を離すことができなかった。
「何よぉ」
「えっ、あっ、ごめん」
 そこでやっと、ぱっと手を離す。
「オヤスミのチューがほしいのかにゃー」
「なっ、何言ってんだよっ」
「あっそ。じゃーね」
「あーっ、ちょ、ちょ、ちょっと待てって」
 進藤はまた立松の腕を掴んで引き止めてしまう。立松は愉快そうに笑い、進藤は自分の行動に頭を抱えるしかなかった。
「だからなんなのよ」
「ああもう…」
「なーにーよー」
「だ、だから…」
「だから何?」
 ほしいんだって、と、蚊の鳴くような弱々しい声で進藤が言えば、立松はさっと掠めるように進藤の唇に軽いキスをした。
「というわけで帰るからね」
「ま、待って!」
「わはは。しつこい。まだ何かあるのですか〜?」
「…泊まる?」
 笑われるか、誤魔化されるか。進藤は覚悟して返答を待つ。進藤の予測に反し、立松は黙り込んでしまった。ああ言わなきゃよかった。進藤の胸に一気に後悔が押し寄せる。
「それ、本気で言ってるの?」
 立松の問いには、どこか責めるような調子があって、進藤は困惑した。
「え…」
「だから、本気なのかな、と」
「え、あ、一応…っていうか…、うん…」
「いちおう〜?」
「……」
「泣いて縋って抱き締めてキスして『行かないで側に居て』って必死になってくれたら信じる」
「…な、なんで、そんな、そんなこと…」
 進藤は、返す言葉を見つけられず、うろたえる。鼓動が、不穏に高まった。こめかみが痛む。自分は試されているわけではない。試す、なんて、そんな生易しいものではない。
「できないでしょ」
 立松が笑った。決して酷薄な笑い方ではなかった。むしろ慈悲に満ちた微笑みだった。それが余計、進藤を追い詰めた。
「愛してるよ、心から。おやすみなさい」
 丁寧に言って、立松は進藤の腕を掴んで引き寄せ頬に口付ける。そして、離れて行こうとする立松の腕を、震える手で進藤が掴んだ。
「行かないで。側に、居てよ」
 それが精一杯だった。
 そんな精一杯を残酷に切り裂くように、立松は進藤の手をゆっくりと払い、「今日はもう帰るよ」と。

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
 あなたを傷付けることができるのは俺だけだよ
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆

 きっと立松は、思い知らせるために来たのだ。なんてひどい奴だ、と進藤は思った。心がずきずきする。あまりに心がずきずきして、それ以外のことが何も分からなくなってしまうほどだったから、この恋だけが今の自分のすべてのように思えて、恐ろしかった。とても。

純潔な眼差しもあどけない指先も気高き魂ともども呪いの糸で搦め捕る。すてき! 恋の



呪い呪われ落とし落とされ穴の中。土被せて塞いで。もう二度と太陽を見れないように。永遠の



それが私の望みなの。だってそれが
あなたの望みなんでしょ。
あなたの望みは
私の望みよ。
私の望みは
あなたの望みよ。




(というのは嘘です)




本音は秘密のままオシマイ§^m-§-★





メモ書きの続きもあるでよ
Nov.9,2003


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