僕は君の仔猫ちゃんになりたかった
君のお膝の上で丸まりたかった







あなたのやさしい口付けを、待ち続けているねんねなの。


 最近どことなく高原さんの機嫌が良い(変な冗談が飛び出る頻度が高くなった)ような気がするので、どうしたのかなあとか言ったら。進藤は「そう言われてみればそうだなあ。でもいいことだよな、元気なのは」と、うんうんと一人で頷いて(かわいいなあ)、石塚ちゃんは「何か変なものでも食べたんじゃないんですかね」って冗談を言って(ちょっと受けた)、田中が割と真面目な顔で「夏だからな」と言った後、暑いと脳内の血流が低下して…とか話し出したら、進藤ちゃんが「あーそれ『あるある大辞典』で見た気がする」とか言い出して、そしたら田中が「『あるある大辞典』とはなんだ?」と不審げに眉を寄せ(略)
 あー平和だなあ。「高原さん、好きな女の子でもできたんじゃないのかな〜」って言ってみたら、みんな一瞬止まって、次の瞬間、「いやーそれは多分無い無いワハハハハ」って感じになった。うーん平和だ!
 高原さんの陽気の原因は、割とあっさり判明した。石塚が高原さんに率直に「何かいいことあったんじゃないんですか〜!」とニヤニヤしながら訊いてみたところ、別に何も無い、ってすげなく返されたんだけど、進藤が「でも機嫌いいですよね」って言ったら、「実は…、」って話してくれた。態度が違って面白い。高原さんは、数日前に偶然、道で捨てられた仔犬を拾ったのだという。俺はもうそれだけでなんか受けちゃって、笑いを堪えてたんだけど、石塚が「きっと、捨て犬を抱き上げて、『お前、ひとりぼっちなのか? 俺も昔は一人だったが、今は仲間がいる…』とか話しかけたんでしょうねえ」とか言うもんだから(その後高原さんに殴られてたけど)、うっかり声を出して笑ってしまった。
「見たい!」
 ときっぱり言ったのは進藤だ。見たいなあ、と再度言う。進藤は犬が好きなのかなあ。でも俺も見てみたいって思った。犬や猫は可愛いとは思うけど、そこまで好きっていうわけでもない。でも、どんな愛らしいワンちゃんが高原さんの心を捕えたのかちょっと興味ある。あと、犬と戯れる進藤ちゃんにも興味ある。俺も見た〜い、と言ったら、石塚も「僕も見たいですよ」って。見たいと言われて、高原さんはちょっと嬉しそうだった。田中は犬とか猫とか苦手そうだなあと思って様子を窺うと、自分も見たいんだけど素直に見たいって言えない…、ってな顔をしてたので、ちょっと意外だった。僕は別に興味無い、などと言う田中(ほんとは見たいんだよこいつ)を、進藤が宥めて、シンクロの練習帰り、みんなで高原さんちに犬を見に寄ることになった。

「紹介する。こいつが俺の弟だ」
 さも大事そうに高原さんが両手に抱え、シンクロ同好会の仲間に紹介された高原さんのワンちゃんは、白くて小さくておとなしくて、本当に可愛らしかった。
「…弟って…、女の子なのに?」
 高原さんに許可を得て、犬を抱っこさせてもらって、その子がメスであることに気付いた。俺の言葉に高原さんはハッとなって、うーーーん、と考え込み始めた。
「いや、別にまあいいんだけどね」
 いいのか? まあとにかく、犬は可愛い。そこまで犬好きってわけでもないのに、実際に目の前にすると、ほんとに愛らしく感じられて、そんな自分にちょっとびっくりする。
「触っていい?」
 進藤が目を輝かせながら高原さんに訊くと、勿論といったふうに高原さんは頷く。俺の腕の中にいる犬を、進藤が慎重な手付きで撫でた。自分が触っても犬が嫌がらないことに進藤は安心したようで、さっきまで少し緊張してた表情が一気に緩んで、本当に柔らかい笑顔になった。かわいいかわいい、って進藤は犬に言う。進藤ちゃんも可愛いよ、って言ってやろうと思ったけど、怒られそうなのでやめといた。
「すげえかわいい。名前は?」
  犬のほうに話しかけてる進藤に、高原さんが、「剛二号だ」と答えたものだから、俺は大いに笑ってしまう。石塚も思いきり受けてた。
「剛二号か〜。可愛いなあ、二号〜」
 甘ったるい声を出して、進藤は犬を撫でた。そんな様子を見て、高原さんは胸があったかくなっているようなご様子。
 石塚が二号を撫でると、二号は石塚の手をペロペロと舐めた。手にお菓子のカスが付いてたのかな。石塚はすごく嬉しそうに二号を構う。
「よしよし、剛二号は甘えん坊だなあ」
「お前はその名前で呼ぶな」
「えっ! そんなあ!」
 高原さんの言葉に、石塚はショックを受けていた。高原さんと石塚ちゃんは仲が良くて微笑ましい。
 で、二号と楽しく戯れる俺らを、ずっと無言で見つめているタナーカを無視し続けるのもまあちょっと可哀相かなって思えてきて。こういうとき、いつもだったら進藤キャプテンが、田中も触らせてもらえよ、なんて声を掛けたりするんだけど、生憎今のキャプテンはとにかく目の前のワンちゃんに夢中で、他のことには気が回らないようだった。
 俺は二号を抱いたまま、ちょっと離れたところに居る田中の前まで行って、
「私、剛二号。よろしくね、生徒会長」
 声色を変えて言いながら、二号の前足を取って、田中の手にタッチさせた。そのとき、ほんとにいいタイミングで、二号が、ワン、って可愛い声で鳴いたものだから。
「…!!」
 田中はかなり感動してた。面白いなあ、こいつ。


 犬をちらっと見せてもらうつもりで高原さんちに寄ったんだけど、あんまり二号が可愛いかったものだから、結構長居してしまった。高原さんちに向かうときには明るかった空が、いつのまにか暗くなっている。途中で石塚と田中と分かれ、進藤と二人きりの帰り道。
「剛二号、かわいかったなあ…」
 そう言ったときの進藤がうっとりした表情だったので、ちょっと笑ってしまう。そんなにもか、っていう。
「進藤ちゃんも犬飼いたくなった?」
「うーん、でも無理だなあ。母さんはあんまり動物好きじゃないし、俺もちゃんと面倒見れる自信無いし」
「進藤ちゃんちのパパは犬好きそうだねー」
「あー、うん、父さんは犬好きだなあ」
「ナマイキ娘も」
「うん、…あ、でも、仁美はどっちかっていうと猫派かな〜」
「進藤ちゃんはどっち派?」
「どうかな。どっちもかわいいじゃん」
 進藤はそう言った後で、でも二号が可愛かったから今は犬気分、と笑いながら付け足した。
「よし、俺が進藤ちゃんの犬になってあげよう!」
 俺の言葉に、進藤は「はあ〜?」って返して、でも俺の冗談にはもう慣れっこみたいで、そんなに驚くわけでもなく、またバカなこと言ってるよこいつは、って感じで笑ってる。ちぇ。まるっきり冗談ってわけでもないのに。ていうかね、俺は冗談で本音を包み込んでんの。言葉の表面の皮をぴろって剥いたら、そこにはちゃんと本心があるんだよ。でもまあ剥かれたくないんですけどね。とかね〜。くだんな〜い。
「立松はさ、犬っていうよりは猫なんじゃない?」
「そ〜お? 俺って従順よ〜、っていうか忠実? 忠犬タイプ」
「よく言うよ」
「進藤ちゃんの言うことならなんでも聞いちゃう」
「はいはい」
 進藤は全然本気にしてなくて(されても困るけど)笑いながら適当に流す。知り合って本当に間も無いうちは、進藤がこんなに軽く冗談を流せるタイプだとは思ってなかった。結構いちいち真に受けてあたふたするクチなのかなあと思ってたんだけど。ってそれって田中だな。まあ、なんだ、進藤ちゃんって結構大人なんだよなあ、って思う。そういうとこも気に入ってるけど、たまにちょっと寂しい。
 でもなんで犬より猫ってかんじなの、身勝手とか気ままなとこがっていうんじゃないだろーなー、と、わざと口を尖らせながら進藤に訊くと、進藤は、うーん、と少しだけ悩んで。
「なんていうか、自由なかんじがするとこが猫かな。あと、少々高いところから落ちても、『クルッ』って体勢整えて、ちゃんと着地できそうなとこ」
『クルッ』って言うところで、手を小さく回してみせる進藤ちゃん。そうゆう何気ない仕草が可愛いので、見逃せない。『クルッ』ってとこで瞬きしないでよかったー。
 俺は、なんだよそれ〜と返しつつ、なんかすごく照れていた。だって進藤ってすごい素で言うんだもん。照れるよ。
「進藤ちゃんはさ〜、たぬきっぽいよね! 顔の造りが」
 照れ隠しで冗談を言うと、進藤は「たぬきぃ!?」って過剰に反応した。あら、やっぱ気に障ったか。たぬき、可愛いと思うんだけどね。
「たぬきなんて言ってないでしょ。進藤ちゃんはどっちかってゆーと犬っぽいよねーって言ったんだよ」
「うそつけっ! たぬきって言った!」
「やだなあ。幻聴ですよ〜」
 そんなこと話してるうちに、伊藤商店の前まで来てしまう。じゃーな、っていともあっさり帰ろうとする(まあ当たり前なんだけど寂しい)進藤を、ちょっと待って、と引き止めた。
「なに?」
「じゃあ犬じゃなくて進藤ちゃんの猫になってあげる」
 俺の言ってることがすぐには理解できず、進藤は一瞬不思議そうな表情になったけど、次の瞬間には呆れたように笑った。お前まだそんなこと言ってんのかよ、って。猫ほしくないの〜? って俺が訊いたら、進藤は、あーはいはい、ってまた適当に流して笑ってた。
「猫に名前付けてよ」
「お前名前あるじゃん」
「ご主人さまが付けてくれないと意味がない」
「じゃータテノリ」
「だからそれじゃ意味ないんだって」
「じゃあミケ」
「ミケねえ」
「文句言わない。もういいだろ、帰るよ、俺」
 じゃあな、って軽く手を上げてから、ペダルを踏もうとする進藤を慌てて引き止める。
「わーわー待て待て。名前呼んでから帰ってくださいよ、ご主人さま」
「タマ」
「ミケだろ!?」
「あっ、そうだった」
 これって素? 健忘症? それとも冗談なの?
 ワハハ、とからっと笑って、じゃあまた明日! と言って進藤は自転車を走らせて去って行く。

 ちぇ。名前呼んでくれたら、にゃーって鳴いて、ほっぺ舐めてやろうと思ったのに。





僕は君の仔猫ちゃんになりたかった君のお膝の上で丸まりたかったあなたのやさしい口付けを待ち続けているねんねなの
なんてね嘘よ真っ赤な嘘ですだからおねがい。私を負担に思わないで。




Aug.1,2003


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