す べ り 台 か ら 見 る 景 色

 休日、午前中の公園は、不思議なくらいひっそりとしていた。ベビーカーにねんねの赤ちゃんを乗せた母親が二組、ベンチに腰掛けているだけで、他には誰もいない。ブランコやすべり台は、子供が来るのを今か今かと待っているようだ。公園の周りには団地が立ち並んでいる。ベランダに干された洗濯物が、秋の渇いた風を受けてはためく。静かだな、と進藤がつぶやいた。
「子供たちは何して遊んでるのかね〜?」
 立松は、心地好い空気を胸いっぱいに吸い込む。
「家でゲームとか? あと、習い事とか?」
「子供は〜近所の公園で〜遊ぶべき〜♪」
 勝手に変な節をつけて歌って、ブランコしよっか〜、と立松は軽快な足取りでブランコに向かう。
「お〜、なんかちっさいな」
「確かに」
 立松に続いて、進藤もブランコに腰掛ける。ブランコは、高校生の二人には小さく、鎖が青、腰掛け部が赤という配色で、大きなおもちゃのようだった。
「明日〜私が〜死んだなら〜♪」
 また即興で、適当に歌ってる。
「何だよ、その歌」
「だから、もしもの話。俺がいきなり、不慮の事故とかで明日死んだならば」
「死なないだろ」
「それは分かんないでしょ。明日何が起こるかなんて。神のみぞ知る」
「死なないよ」
「神より進藤ちゃんを信じるけどさあ」
「それで? 明日死んだら、何?」
「んー、やっぱいいや」
 立松は立って、思いきりブランコをこぐ。ブランコに乗った立松は、大きな放物線を描いて。このままどっか飛んでっちゃいそうだ、と進藤が思ったのも束の間、
 本当に、飛んだ。
 ブランコから飛び降りた立松は、足を揃え、ぴっと両手を上げてポーズ。
「美しい着地です」
「おい!」
 進藤は慌てて、勢いがついたままのブランコの鎖を掴んで止める。
「何してんだよ! 危ないだろ!」
「着地失敗してたら死んでるかもね?」
 ベンチにいる赤ちゃん連れの母親達が、こちらを見て笑っていた。
 小学校低学年の三人組が、公園に入ってくる。女の子二人と男の子一人だ。ブランコに乗りたそうだったので、立松と進藤は鉄棒に移動した。
「そりゃっ!」
 立松は、鉄棒を逆手に掴み、地面を蹴ってひょいと逆上がりをした。
「久々だったけどできるもんだね。結構腕の力いるわ。進藤ちゃんもやってみ」
「俺は前回りでいいよ」
 鉄棒を掴み、お腹で鉄棒を支えて体を折り曲げる。団地のベランダに干された布団みたいだ。柔らかな陽射しを浴びて浄化される。逆さまの世界は不思議だ。地面が近い。土の一粒一粒が違って見える、ミクロの世界。でも、鉄棒がお腹に食い込んで痛くなってきた。
「いつまでその体勢でいんの?」
 立松が笑った。進藤は鉄棒を掴み直して、くるっと回る。いつの間にか、赤ちゃん連れの母親達は去って、ベンチだけが取り残されたようにそこにいた。ブランコで遊んでいた三人組は、砂場に行こうとしている。
「次はすべり台しよっか」
 立松がすべり台を指差すと、進藤は、俺はいいや、と言ってベンチに向かった。立松は、特に気にするようでもなく、すべり台へ。階段を上がろうとすると、砂場に行こうとしていた三人組の一人が、すぐ近くまで来ていた。真っ黒な髪と、つり目が印象的な女の子だった。
「一緒にしよっか」
「うん、でも、上がるだけ」
「滑るのは怖い?」
「ううん、怖くはないんだけど、好きじゃない」
 砂場の二人は、少し心配そうにこちらを見つめていたが、つり目の女の子は、「あとで行くから」と言って、だからこっちには来ないで、というように軽く首を振った。立松が先に階段を上がり、女の子はすぐ後からついて来る。すべり台の上から公園とその周囲を見渡す。そんなに高くはないが、見晴らしがいい。立松が進藤に手を振ると、進藤はペットボトルのお茶を飲みながら手を振り返した。女の子が砂場を見る。砂場の二人が立ち上がって大きく手を振った。色白で華奢な男の子と、フワフワと茶色い髪が印象的な女の子だった。すべり台の女の子は、小さく手を振り返す。
「もしかして三角関係ってやつ!?」
 ふざける立松に、つり目の女の子はさらに目をつり上げ、何か言い返そうとしたが、諦めたような表情になって黙った。しばらくして口を開き、
「私は、えーし君が好きだけど、えーし君は、ゆうちゃんが好きだから」
「ほ〜お? 告白しちゃえよ」
「ゆうちゃんに、ぬけがけできない。それに、」
「それに?」
「…ううん」
 女の子は首を横に振る。
「抜け駆けなんて、しちゃったもん勝ちでしょ!」
 立松はすっくと立ち上がり、
「俺は、進藤ちゃんを愛してるー!!」
 大声で叫んだ。進藤の手からペットボトルが滑り落ちる。砂場の二人は、びっくりしてこちらを見ていた。
「さ、君も、言っちゃおうぜい!」
 つり目の女の子にウインクしてみせる。
「イヤ」
 あはは、と笑って、立松はすべり台をしゅーっと滑り降りる。すべり台の上の女の子を振り返り、
「おいで!」
「イヤ」
 かずちゃーん、と砂場の二人が女の子を呼んでいる。かずちゃんは首を横に振り、「あとで」と返した。立松は颯爽と腕を振り、進藤のいるベンチに行く。
「どうだった?」
「お前なあ」
 進藤は呆れ顔だ。ペットボトルを落としたときにお茶がかかったのか、ジーンズの太股部分が少し濡れていた。
 バカでございます〜♪
 あ、また歌ってる。立松はしゃがみ込んで、地面にたくさん転がっている小石をもてあそんでいる。
「あっ」
 グレーの濃淡の角張った石に混じって、淡いピンクの丸っこい石を見つけた。
「かわいい石みっけ! 進藤ちゃん、どうぞ!」
 立松はさもうれしそうに、進藤に石を手渡した。
「あ、きれい」
「宝物にして」
「うーん、…うん。ありがと」
「うっそ。捨ててよし!」
「…捨てないよ」
 すべり台の上では、まだかずちゃんが一人、じっとしている。砂場の二人は、彼女を気にしているが、かずちゃんは誰も寄せつけない雰囲気だった。
 進藤はおもむろに立ち上がり、すべり台に向かう。
「そっちに行ってもいい?」
 階段の下から聞く。かずちゃんが頷くと、進藤はゆっくりと上がっていった。
「滑らないの?」
「滑るのは好きじゃないし、ここから見る景色が好きだから、もう少しだけ」
「そっか」
 立松が手を振っている。進藤は、手を振り返す代わりに、
「俺は、
立松が、好きだ!」
 名前の部分は小声だった。立松の告白のときにはそんなに驚いてるようではなかったかずちゃんが、びっくりしている。進藤は、立松の顔を見ないように、すべり台を勢いよく滑り降りた。心臓がバクバク脈打ってる。なるべく平静を装ってベンチに戻った。
「やるね〜。でも誰が好きなのか聞き取れませんでしたケド? 進藤ちゃんみたいな素敵な人に、こんな素敵な告白をされちゃう幸せ者は、一体どこのどなた!?」
「一人しかいないだろ」
「そお〜? 麻子ちゃんに花ちゃんタナーカ高原さん石塚ちゃんそれに安田も? お父様お母様妹ちゃん人間以外にシンクロも、ね。進藤には愛の対象がいくつもあるじゃない」
「お前は、どうしても改めて言わせたいんだな?」
「言わせたいね」
「俺は、

「私は、えーし君が好き!
 ゆうちゃんのことは、もっと好き!」

 すべり台の上、かずちゃんが大きな声で、叫んだ! まだ幼い体全体から、声を発しているみたい。懸命だった。頬が赤く染まっている。滑るのは嫌いなかずちゃんが、しゅーっと軽やかにすべり台を滑り降りる。鮮やかな一連だった。
 ひゅう、と立松は口笛を鳴らし、
「やるね〜!」
 かずちゃんは砂場へ駆けて行った。えーし君とゆうちゃんも、走り寄る。陽射しを浴びる三人の子供が、どこか神々しくて、神妙な気持ちになる。今、こうして、健康で、あなたの隣にいることが、奇跡のように思える。
 進藤が、ピンクの石を太陽にかざすと、キラキラ光って見えた。
「もし俺が立松より先に死んだら」
「おっ、なになに??」
「この石を棺桶に入れてもらおう」
「ほほ〜? そりゃ恐ろしい話ですな。進藤ちゃんが先に死ぬなんてさ。全く、ほんとに、恐ろしいことだよ。長生きなんてするもんじゃないね」
 進藤はジーンズのポケットに石を仕舞いながら、
「なあ、ブランコ乗ってたとき、もし明日死んだらって。あの続き、言ってよ」
「ん〜、もう忘れちゃったよ」
「もう」
「忘れていいよ」
 その話題を? それとも、それが続きなのか。

 もし明日俺が死んだら、忘れていいよ

 立松は、もう誰もいないすべり台の上を見ている。もっと遠くを見つめているようでもある。進藤は、ポケット越しにピンクの石の感触を確かめた。
「高い所に行くと、本心を言いたくなるのかな」
 独り言のようにつぶやいた進藤に、
「なるほどね。では、富士山でも登っちゃう?」
「エベレストにでも登らなきゃ、立松の本音は聞き出せないな」
「あはは、言うようになりましたね! 一体誰の影響!?」
「お前しかいないだろ」
「どうかな〜」
「いつか登るか、エベレスト」
「え〜。ん〜、いつかね!」
 正午を告げるチャイムが聞こえてきた。三人の子供が手を繋いで、公園の出口に向かっている。真ん中のかずちゃんは、繋がれてふさがったままの手でバイバイをした。三人とも、幸せそうに笑っていた。
 さーて、と立松は立ち上がって伸びをする。
「我々もそろそろ帰りますかね!」
「うん」
 そうは言ったものの、進藤はなかなか腰を上げられない。
「帰ろ? お腹空いたしね」
 立松は進藤に手を差し延べる。うん、と進藤はその手を取り、
「俺は、信じるよ」
「ん?」
「すべり台の上で言ったこと」
「俺だって信じちゃうもんね!」
「うん、信じて」
「うん」
「長生きしよう」
「了解!」
 立松の言葉を聞いて納得したのか、進藤はやっと立ち上がった。立ち並ぶ団地のベランダには、相変わらず洗濯物がひらめき、一戸一戸から昼ご飯の匂いが漂ってきそうなほど生活感が溢れているのに、公園の周囲は、ドラマのセットのようにどこか作り物じみている。二人は、人気がないのをいいことに、手を取り合ったまま公園を出る。なんとなく名残惜しくて、進藤は公園を振り返った。誰もいない公園は静かで、さみしげで、優しさに満ちていて、

 でも、(だからこそ?)

 もう二度とここには来られない

 少しだけ、そんな気がした。



Oct.14,2012

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