【春、若菜結人、高校一年生、バイト、始めました。そして、辞めます。】
 若菜の親戚の叔父さんが、コンビニ(某ソン)のオーナーで、人手不足に困っており、若菜(高一)に声がかかる。若菜は、「バイトとかめんどくせー」と思うのだが、小遣い稼ぎになるし、とりあえず短期間だけでもってことで、働き始める。それは春のこと。さすがは若菜様、数日で慣れた。思ってたほどだるくないし、バイト仲間は穏やかな人ばかりで、居心地悪くない。がっつりシフトに入る。順調にバイトを続ける若菜だったが、暗雲が。期末テストの結果が最悪だった。バイトのせいというか、若菜は、E高(若菜の通ってる高校)に入れたのが奇跡と言われるほど、元々成績が良くなく、勉強嫌いで勉強をしなかったからなのだが、親にしてみれば、バイトのせいで成績が落ちたと思えてしまうのだ。オーナーの叔父さんは、若菜母の弟。若菜母が、若菜と叔父さんを説得する形で、結局、若菜はバイトを辞めることになってしまう。調子のいい若菜は、叔父さんに、「代わりを見つけてくるから大丈夫」などと言い、その代わりというのが、若菜の幼馴染みである、明らかにコンビニ店員が似合わない真田だった。真田は、若菜と幼稚園が同じ。小中は校区が違っていたが、高校でまた一緒になった。同じ高校に通ってはいるが、学力はかなり違う。若菜は奇跡的に入学できたというレベルだが、真田は、もっといいところに行けたのに、確実に行ける高校を選んだため、E高の中ではかなり賢い方。
 若菜がコンビニでバイトし始めたのを知った真田は、働きぶりを見に、店に行ってみたことがある。いらっしゃいませこんにちはー! という明るい声で迎えられた途端、俺にはこんなバイトは無理…と感じる。レジをテキパキこなしつつ、常連らしき客と楽しげにやりとりしてる若菜の様子に、再度、結人には合ってるけど俺は無理、と思った。
 ある日、若菜は真田に、
「お前もバイトとかすれば? 良い経験になるぞ。年上の知り合いできるし、世界が広がる。おまけに給料貰えて、いいこと尽くし。いいぞー、自分で稼いだ金で自分の欲しいものを買うって。素晴らしいぞ、労働は。例えば、接客なんてどうだ? お前の人見知りを克服する絶好の機会になるぞ」
 と、作り笑いを浮かべながら棒読みで言う。真田は、超不吉な気分になった。
「…いきなり何言ってんだよ…」
「よし、一馬、回りくどい話はやめよう。俺の後は任せた!」
「何の話だよ!?」
「ん? コンビニのバイトの話だけど」
「ほんとにお前何言ってんの!?」
 若菜は、やっと真田に事情を話す。成績が落ちたというか悪いから、バイトを辞めるように母親に言われていることを。
「俺もそろそろ辞めてもいいなーって思うし。勉強するからってより、コンビニのバイト飽きてきたわ。でも、人手不足なんだよなー。オーナーのおっちゃん可哀相でさ。後任見つけてくるって言っちゃった」
「なんて勝手な…。無関係な俺を巻き込むなよ!」
「まあまあ、落ち着いて」
「それに、お前、バイト始めたばかりの頃、『一馬には絶対無理な仕事だ』とか言ってなかったか?」
「それは今でも思ってる」
「じゃあなんで!」
「だからこそだよ、一馬。これを乗り越えれば、お前は大きく成長するぞ」(棒読み)
「嫌がらせだ!」
「ちなみに、一馬の母さんには既に許可を取ってある。一馬がしたいなら賛成だってよ。良い経験になると思うってオススメしたら、心配しながらも喜んでたぞ。あと、俺は結構シフト入ってたけど、一馬はとりあえず週一から様子見で。慣れたらもっと入ってもいいし、無理なら週一のままでいいし。テスト期間は休んでいいし、シフトの融通は割と利くから、勉学には差し支えないはずなのでご心配なく」
「いやもうそんなんなら、俺、別にいらなくないか!? ていうか勝手に話を進めるな!」
「まあすぐに答え出せとは言わんわ。一週間待ってやる」
「一週間もいるかっ。即答する。断固拒否だ」
「じゃ、一週間後にな! いい返事待ってるよー」
 そして、笑顔で去っていく若菜であった。
「待て待て! 人の話を聞けー!」
 ちなみに、真田母と若菜母は友達だ。真田母は、若菜のことをとても信頼している。

【真田と若菜の出会いについて】
 真田は、まあまあ裕福な家庭の子なんだ。それで、いいとこの子が集まるような幼稚園に受験して入園したものの、なかなか慣れなかった。真田本人以上に、真田の母親が、他の保護者や園の雰囲気に馴染めなかった。それでもなんとか頑張って通っていたのだが、ある時、もう無理、ってなってしまう。行事の多い二学期の途中のことだった。幼稚園に行こうとしても、体が竦んで行けなくなってしまう。真田は、母の前で「ごめんなさい」と泣いて、そしたら母も「ごめんねごめんね」と、一緒になって大泣きしてしまう。そこまでして通う必要なんてあるのか。母親は悩みに悩み、父親とも相談し、結局、幼稚園をやめる決断をする。その後、そのまま家でみるのか、別の幼稚園に行くのか、定まらぬまま、とりあえず子育て支援センターに行ってみるのだが、来てる子供は真田より小さい子ばかり。そこにも馴染めそうになかったが、職員の一人が、すごく親身になって真田母子に接してくれ、近くの公立の幼稚園を薦めてくれた。自分の子供たちもそこに通っているんだけど、とてもいいよって。その親切な職員が、若菜の母だった。真田の母は、見学に行き、よく考えた結果、その園に決める。若菜の母は、同級生である若菜を、真田に紹介する。若菜は、真田と一緒に遊ぼうとするが、真田は打ち解けられず、何も言葉を発しない。若菜はそんな真田に対して、「つまんないの」と思うが、若菜の母からは「一馬くんは、結人と同じ幼稚園に行くようになるから、色々教えてあげるのよ」、真田の母からは「お願いします」と言われ、とりあえず「はーい」。真田は、年少から年中に上がるときに入園するのだが、たくさんの年少に混じって入園式に参加することになる。年中から入る子も、真田以外に何人かいるし、それ自体は珍しいことでも何でもないが、経緯が経緯(前の幼稚園が合わなくてやめた)なので、真田母子は、不安と緊張でいっぱいの心で、入園式に臨む。真新しい制服に身を包んだ園児が、スーツを着た母親や父親と手を繋ぎ、みんな笑顔で、続々と門をくぐっていく。真田母子は、門の前で、足が止まってしまった。前の幼稚園のことを思い出したのだ。
「さなだかずまくん!」
 門の向こうで、真田を呼ぶ声がする。若菜結人だ。今日は入園式で一馬くんが来るから声かけてあげるんだよ、と、母親に言われていたのだ。真田の母親は、若菜を見て、心底安堵する。真田の手をぎゅっと握っていた母の力が、すっと緩むのを感じ、真田もホッとする。
「わかなゆうとくん」
 小さな声で、名前を呼び返した。
 若菜は走り寄ってきて、真田の、母と繋がれてない方の手を取り、
「にゅうえんしき、あっち。つれてってあげる!」
 ちなみに若菜は、別に面倒見がいいわけではなく、母の「一馬くんに色々教えてあげるのよ」に従っただけ。
 入園後、真田と若菜は同じクラスで、しばらくは、若菜は真田の面倒をよく見る。でも、若菜と真田は、好きな遊びが違うので、特に仲良しというわけではない。若菜は、戦いごっこが好きで、真田は、工作が好き。なので、園ではそんなに一緒にいないのだが、母親同士が仲良しなので、プライベートで会う機会があり、そのときは、二人で仲良く遊んでいる。それはともかく、真田は、新しい幼稚園に割とすんなり馴染めた。若菜がいたというのもあるが、前の幼稚園と違って自由な雰囲気で、気楽だった。前の幼稚園では、一人で遊んでいたら、他の子に声をかけられ、一緒に遊ぶはめになる、というのが多かった。でも今は、一人で遊びたいときは遊んでいていい。他にも一人で遊んでいる子がいる。色んな子がいて、色んなことをしている。そういう感じがよかった。母親も、すぐに慣れた。最初からここにしてたらよかったと思ったくらいだ。真田と若菜は、小学校の校区が違うので、卒園後は離れ離れ。真田は、それがとても寂しく、不安だった。若菜は、「かずまならだいじょうぶ!」と言う。心からそう思っているわけではなく、適当に言ってるだけ。でも、真田はその言葉に励まされる。母親同士が友達ということもあり、二人の交友関係は卒園後も続くのだった。

【若菜と郭の出会いについて】
 二人は同じマンションに住んでいる。でも、めったに会うことがないし、親同士も関わりがなく、若菜は幼稚園で、郭は保育園なので、ずっと接点がなかった。小学校に上がる頃になって、同じマンションに同じ学年の子がいるらしい、と初めて知った。入学式の日、若菜母は寝坊してしまい、「遅れるー! やばいー!」と大騒ぎしながら、父親も一緒に、足早に小学校に向かう。少し先に、同じく新入生の子とその母親が歩いているのが見える。
「あ、あの子が、同じマンションの子よ、多分」
 若菜母は、さらに足を早め、前を歩く母子に、かくさーん、と声をかける。子供の方はすぐに振り向いたが、母親は、前を向いたままだった。もしかしたら人違いなのではないかと、若菜と父親は不安に思った。若菜の母が、すぐ側まで行って、再度名前を呼ぶと、郭の母親は、ゆっくりと振り返る。そこで、若菜母は自己紹介をし、郭母もそれに倣う。若菜母と父が「よろしくお願いします」と言うと、郭母が、「こちらこそ」と答え、郭も「よろしくお願いします」と礼儀正しく言った。若菜母が、あんたも言いなさい、という思いで、若菜の肩を叩くが、若菜は軽く頷いただけだった。
「遅れそうじゃないですか!?」
 思い出したように慌てる若菜母に、郭母は微笑むだけで、焦る様子がない。郭は、何を考えてるのか分からない顔をしている。入学式なのに、期待も不安も緊張も感じてないような雰囲気だった。
(こいつも、こいつのおかあさんも、なんかいやなかんじだ)
 と、若菜は思っていた。
 若菜と郭は、登校班が同じなのだが、特に会話もなく、クラスも違うので、友達になることはなかった。二人は、三年生のときに同じクラスになる。若菜は友達が多く、郭は一人でいることが多い。同じクラスになっても、お互い避けているわけではないが、近付こうとはしなかった。
 クラスには、Aという男子がいて、彼は、学年における権力者だった。一年の頃から、弱いものいじめみたいなのをしたり、自分には高学年の友達がいるんだと威張ったりで、教師は大して問題視していなかったが、生徒達はよく思っていなかった。ある日、Aは、午後の授業が始まる前、郭に、「おい、お前、俺に宿題見せろよ」と言う。いつもAに宿題を見せている男子(勉強ができる)が、今日は休みだったのだ。Aが、普段はほとんど関わりのない郭(Aからすると、郭は関わる価値のない、つまらないクラスメイト。郭からしても、Aは然り)にそう言ったのは、郭が勉強ができるからだ。郭は、特別賢いわけでも勉強熱心なわけでもないが、それなりに勉強して、それなりの成績を保っている。郭は、「宿題を見せたら、何をしてくれるの?」とAに問うた。周りの誰もが、Aの言う通りに宿題を見せるだろうと思っていたので、教室は一瞬にして静まり返る。Aは、自分が何を言われたのか分からず、すぐには答えを返せない。
「俺がAに、ただで宿題を見せる義理はないよ」
 郭の言い様に、Aは憤慨した。普段の郭なら、面倒臭いことは避けたいので、見せろと言われれば見せるつもりでいるのだが、このときは生憎、虫の居所が悪かった。この状況に、若菜は少し興奮する。郭に感心した。無口で、何を考えてるのかよく分からない郭が、学年一力を持っていると言っても過言ではないAに口答えして、Aを一瞬呆然とさせた。若菜は、入学当初からAのことが気に入らなかった。暴力を振るうわけではない、校則違反をするわけでもない。Aは、背が高く、運動ができ、いつも自信に溢れていて、自分より弱い者を従わせるのが好きだった。いつも何人かの取り巻きを連れ歩き、取り巻き連中に順位を付けていた。「お前は王様のつもりかよ」と、若菜は心の中で突っ込んでいた。めんどくさいから関わりたくないと思っていたAと同じクラスになり、テンションが下がっていた。そしたらAに、「若菜も俺らの仲間になるか」と言われ、さらにうんざり。「誘ってくれたのはうれしいけど、やめとくわ。一、二年からの友達いるし、」と軽く断ろうとする若菜の肩を強く掴み、「嘘つくなよ。うれしくなんか、ないんだろ」とAは言った。不敵に笑っていた。若菜は、肯定も否定もせず、「お前、力強過ぎ。肩痛いんだけど」と返す。「考えとけ」と言い残して、Aは去っていった。薄ら笑いを浮かべた取り巻きと一緒に。思い出すと腹が立つ。嫌になる。それはつい最近の出来事だった。
「おー、郭、よく言った!」
 若菜は、明るい声で言い、拍手した。若菜の言葉に、緊迫していたクラスの空気が少し緩み、所々で笑いが起こったり、同意の声が上がる。AとAの取り巻きは怒って、今にも暴れだしそうな勢いだったが、チャイムが鳴り、担任が来たので、不穏な空気を残したまま、その場はうやむやになった。
 その件以来、Aは、郭と若菜を目の敵にするようになった。色々嫌がらせを受けたが、郭は動じない。郭が動じないので、若菜も動じないように努める。クラスが、Aと取り巻きVS郭と若菜と若菜の仲間、という構図となり、険悪な空気に包まれていた。そんなある日、Aが交通事故に遭い、救急車で運ばれる。夜間、Aが自転車で道路に飛び出して、車に撥ねられたのだ。命に別状はないが、大怪我だ。Aの取り巻きは途端に大人しくなり、クラスに一旦平和が戻ったように思われた頃、妙な噂が流れ始めた。
 Aが事故に遭ったのは、郭が呪いをかけたせいではないか。
 というような。
 Aのことは、周りの多くの生徒達が疎んじていたものの、面と向かって反発する者はいなかった。そんなAに立ち向かったことで、若菜達は「すごい」と感心されたり、「よーやるわ」と呆れられたり、応援されたり心配されたりだったのだが、郭に対しては、みんな感心はするものの、一体何を考えてるのか分からない、Aとは違う意味でなんとなく怖い感じがする、という思いを抱いている生徒が多かった。傍観者だけでなく、若菜の友達もそんな感じだった。若菜の郭に対する評価は、「なんとなく感じ悪い奴」から「無口だし、よく分からないけど、度胸があって、いい奴」にすっかり変わっていたので、そんな変な噂が流れるのが納得いかなかった。
「一体、誰が言い出したんだよ、そんなこと」
「さあ。別にどうでもいいけど」
 若菜はいらついているが、当の本人である郭は気にしていない。
「実際、かけたのか? 呪いを」
「実際かけてたら、死んでたかもね」
「おいおい」
「死ななくてよかったと思ってるよ」
「でもさ、元気になったら戻ってくるだろ。そしたらまた、めんどくさいじゃん。事故ったのは自分のせいなのに、関係ない俺らを恨む気がする。そういう奴なんだよ」
「どこか遠くに引っ越せばいいのにね」
「ほんとそうだよ」
 そしたら、退院後、Aは本当に遠くに引っ越していってしまう。
(郭って、まじで、なんかそういう力を持ってるのかもしれん…)
 驚く若菜だったが、その後二人はかなり打ち解け、学校ではそれ程つるまないものの、互いの家を行き来し合う(というか、若菜が郭の家にしょっちゅう遊びに行く)仲になる。その後、中学も一緒で、高校は別。学力が違うから。



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