溺れ死ぬのが怖いんじゃない。
怖いのは、いつか、醒めて、上手に泳いで陸に辿り着いてしまうことだわ。
胸に咲き乱れる花に心臓を喰い尽くされるのを脅えてるんじゃない。
いつか花が朽ちていくことを思うほうが、よっぽど恐ろしい。
2004年5月16日(日) 進藤ちゃん、恋に溺れるの巻き(一) 前回の続き? のよーな感じです(てきとー)黒タテねた。いや、黒いのは髪ですが。 3月31日、バイトを終えて家に帰った進藤ちゃんはびっくりします。タテの髪が真っ黒になってたからです。 「…誰?」 「えー(笑) 何、その反応わ〜」 「だって、なんかすごい違和感が…」 「なんか今日ヒマでさ〜、することなかったから髪の色でも変えるかーと思ってコンビ二で髪の色黒くするやつ買ってきて自分でやってみたのよ、唐突に。そしたらこうなりました☆」 「自分でやったの?」 「うん。変?」 「いや、変じゃないけど、でも今までずっと茶色かったからなんかびっくりっていうか…」 「なーんか反応ビミョ〜だな〜(笑) 黒髪もとっても似合う! タテノリかっこいい! 惚れ直したゼ! とかゆってほしかったのに〜><」 「はいはい」 「はいはい、って…(笑)」 というのは玄関でのやり取り。家に上がって進藤ちゃんはまたもびっくりする。妙に居間がすっきりしてたからです。 「ヒマだからって掃除もしたのか?」 「まあ明日から4月だしね、ちょっと色々ごちゃごちゃしてたから、こう、整頓をね」 「なんか広くなったように感じる」 進藤ちゃんは寝っころがって、テレビを点ける。タテはその隣りに座る。 「俺今日バイト休みなんだ」 「あ、そうなの?」 「そうなの。だからー今日は外でご飯食べよ。お洒落なお店でディナーだよ。その後、夜桜見てから帰ろうよ」 「あー、うん、いいかも」 「いいでしょ。何か食べたいものある?」 「うーん、きつねうどん?」 「それ全然おしゃれじゃない!」 「だって食べたいんだからしょうがないだろ。それよりさ、ちょっとだけ寝ていい? 今日一緒に入ってた人が風邪気味で、途中で帰っちゃって、その後は一人でやってたからちょっと疲れた。だから立松、ちょっとだけ…。しばらくしたら、起こして…」 進藤ちゃんは既に目を閉じている。 「えー、進藤ちゃんて一回寝ちゃうとなかなか起きないじゃないの。ってもう既に寝てるし。進藤ちゃーん、進藤ちゃんてばー」 タテは進藤ちゃんの名を呼びながら腕に触れるけど、本気で起こすつもりなどは全然ない。 (立松の声、立松の掌の温度、気持ちいい。 立松の黒い髪、なんだか大人っぽくて、どきどきするよ) そして進藤ちゃんは安らかな眠りに落ちていく。 進藤ちゃんが目を覚ましたときには既に夜の10時で、まさかこんなに長く眠ってしまうとは思ってなくてちょっと驚く。毛布を掛けてくれていて、隣りにはすやすやと眠るタテが。 (起こして、って言ったのに、お前まで寝ちゃってどうすんだよ) タテの寝顔があまりにも無邪気でかわいらしかったので、進藤ちゃんの頬は緩んでしまう。起こすのは気が引ける。進藤ちゃんは静かに起き上がって台所に行き、そっと冷蔵庫を開けてお茶を飲む。そしたらタテが目を覚ます。 「進藤ちゃん…!」 「あ、おはよう」 「おはよう、じゃないよ〜」 進藤ちゃんが笑いながら蛍光灯を点けると、タテは眩しそうに瞼をこする。そんな仕草が子どもじみててかわいい、と進藤ちゃんは思う。 「おなか空いただろ? どんべーあるけど、きつねうどんと天そばどっちがいい?」 「天そば…、じゃなくて!」 「きつねうどん?」 「ちがーう。外食は〜〜?」 「だってもう10時だよ。さっさとカップ麺でも食べて桜見に行くほうがよくない?」 「そうだけどさ〜…。もー進藤ちゃんたらぐっすり寝ちゃうんだもんなあ…」 「お前も寝てたじゃん」 「そうだけど〜。進藤ちゃんのあまりにも穏やかな寝顔を見てたら、タテノリも眠くなっちゃったのよー><」 二人でズルズルどんべー食べて、桜を見るため近くの公園に向かう。チャリで二人乗り。進藤ちゃんを後ろに乗せてタテがこぐ。タテはふざけて、右へ左へふらふらと走る。進藤ちゃんは「あぶないからよせって」と言いながらも楽しそうに笑ってる(ばかっぷるですか) 桜はまだ五分咲き。物足りないけど、満開のときのような儚い感じがなく、瑞々しくて美しい。 「きれいですね〜」 「うん」 「進藤ちゃん、寒くない?」 「平気」 自販機であったかい飲み物買って、ベンチに座って飲みます。夜の公園には昼間の賑やかさはないけれど、近くの道路を車が走る音が結構うるさかったり、カップルやらウォーキングをしてる人がいたり、仕事帰り塾帰りの人が公園を通って行ったりもしてて、そんなに静かでもない。故郷の夜の静けさを思い出し、懐かしく思ったりもする。 ふと進藤ちゃんが隣りを見やると、タテは結構真剣な表情で桜を眺めている。暗い中でも髪の明るさは伝わってくるくらいだったのに、今は闇に溶け込むような黒髪だ。やっぱり大人っぽく見える。髪の色のせいなどではなく、実際あれ(高三の夏)から確実に時は流れているわけだから、少しは大人になったのかもしれない。タテだけでなく、自分も。 「立松」 「んー?」 「来年も一緒に桜見ような」 「来年も、再来年も、その次も、それから先もずっと毎年一緒に見よう。約束だよ」 「そんな先のことまでは…」 「えー、何よそれ〜。ひどーい」 「だって、そんな、大げさだ。約束なんて。なんか逆に不安になるよ」 「進藤ちゃん…」 「あー、ごめん…」 「俺は、別に大げさに言ってるわけじゃないからね」 「うん」 「来年も、再来年もその次もその次の次もそれから先もずっと、やがて命が尽きても世界が尽きてもそれでも。君と桜を見に行く」 「…さー、そろそろ帰って風呂入って寝るかな」 「無視かよ(笑)!」 帰りは進藤ちゃんがチャリこいで、タテが後ろに乗る。タテはやたらギューッと進藤ちゃんにしがみつきます。 「立松ー、くっつきすぎ」 「だって落ちたら痛いんだもーん」 「落ちないよ。俺はお前と違って安全運転だから」 それでもタテは進藤ちゃんにしっかりしがみついたままで、進藤ちゃんも諦めて、もう何も言わない。それからしばらくの沈黙。 「立松」 「ん」 「もうすぐ学校始まったらさ、『タテノリ、髪黒くしたの〜?』とかって同じ学校の子にいっぱい突っ込まれるんだろうな、お前。『似合う』とか『前の方がよかった』とか色々言われて、髪の毛触られたりもして。女の子にも。そういうのを想像するとさ、ちょっと悔しい。とか思っちゃうのが悔しい、っていうか。俺、自分がこんなに嫉妬深いとは思わなかったよ。お前とのことに関しては、まあ、色々あったしさ、結構オウヨウ? な感じだと思ってたんだけどなー」 「……」 「髪、似合ってるよ。惚れ直したよ」 「……」 「無言かよ(笑)」 タテはさらにギューッと進藤ちゃんにしがみつく。 「立松、苦しい」 「俺はあなたのものだよ」 「…立松は物じゃないだろ」 「あなたのものだよ」 甘い響き。残酷な響き。胸がぎゅっと、締め付けられて、息もできない。それはきっと、君も同じだ。同じように、恋の苦しみを、歓びを、共有している。ほんとはみんな一人なのに。 2004年05月17日(月) 進藤ちゃん、恋に溺れるの巻き(二) きっと昨日の続きですよ。色々省略してますけど。いちおー続き。 翌朝、進藤ちゃんは早い時間に目覚める。隣りで眠っていたはずのタテがいないことに気付き、動揺する。部屋中を探したんだけど、いなくて、玄関を見ると、タテのスニーカーがない。どこに行ったんだろう。もしかして出ていったとか? 元旦や去年の誕生日のことを思い出して、一瞬背筋が寒くなるが、それはない、という確信はある。そこで進藤ちゃんは、今日が4月1日であることに気付く。 (エイプリルフールだ。もしかしたら、あいつ、俺を驚かそうとして…) 冗談にしては性質が悪く、タテらしくない。 なにか用事があってちょっと外出してるだけかもしれない。そう考えるほうが自然だ。でも、どうにも不安で、息苦しい。 色々考えて滅入るのも馬鹿馬鹿しいから、とりあえずもう一回寝直すか…、と思いながらも、進藤ちゃんは玄関にしゃがみこむ。一度座り込んでしまうと、一気に足元が覚束なくなって、立ち上がることができなかった。 それから間も無くして、タテが戻ってくる。手には茶色い紙袋を抱えている。あたたかい美味しそうなパンの匂いが玄関を満たす。タテは、エイプリルフールだからって進藤ちゃんを騙そうとしたわけでも、出てったわけでもなく、朝目が覚めて食パンがもうないことに気付いたので近くのパン屋に買いに行ってただけでした。 「わ〜、やっだー、進藤ちゃんてばこんなとこで何してんのー!」 タテは朝っぱらから相変わらずのテンションだ。こんなとこで何してんの、て。一体、誰のせいで、こんな。進藤ちゃんの胸は詰まる。タテが戻って来て、うれしくて。戻って来るのは当然だ。ちょっとパン買いに行ってただけなんだから。出て行くはずなんてない。エイプリルフールだからって自分を不安にさせるような嘘を吐くはずもない。そんなこと分かりきっている。だから戻って来るのは当然なのだ。なのに、心に、どっと込み上げてくるものがある。 「…何してんのって…、靴磨きだよ…」 「うっそ。タテノリがいなくなってたから心配して探しに行こうとしてたんでしょ〜」 探しに行こうとはしてない。できなかった。玄関に座り込んでしまって、どうすることもできなかった。 「まあお前には前科があるから、そりゃちょっとは心配するだろ」 無理矢理冗談ぽい口調で進藤ちゃんが言うと、タテは「痛いとこ突いてきますね〜」と苦笑い。 「パン、すごいいい匂い」 「焼きたてだからね〜。食パンしか買うつもりなかったのに、フランスパンも買っちゃったよ。あとねー、レーズンが入ってるやつも」 「レーズンはあんまり好きじゃない」 「だから、それは俺用。進藤ちゃんにはチョココロネ〜♪」 進藤ちゃんはそろそろ立ち上がろうとするんだけど、どうにも足に力が入らなくて立てない。 「進藤ちゃん、どったの?」 「あー、いや、別に」 「靴磨きは後にして、朝ご飯にしましょーよ〜(笑)」 タテは進藤ちゃんに手を差し伸べる。進藤ちゃんは少しためらった後、タテの手を取る。嘘みたいにあっさり立ち上がることができた。すぐ目の前でタテは不思議そうに小首を傾げるが、その後くしゃっと笑顔になる。大丈夫かよー? と笑いながら訊いてくる。 (大丈夫、じゃないのかもしれない) あー…、込み上げる。心のたがが外れて中身がどろどろ溢れ出す。 春のせい? 胸の中に咲いてる花、たった一つだけだったはずでしょう。なのに、たくさん、次々咲いてゆく、狂ったように。 進藤ちゃんは掴んでいるタテの手を強く引っ張って引き寄せて、タテに口付ける。驚いたタテはパンの袋を落としてしまう。進藤ちゃんは、短いキスの後、タテの首に腕を回して抱きついたままで止まってる。タテは驚きつつも、進藤ちゃんの腰に手を回す。 「立松はパンの匂いがする」(タテの肩口に顔を押し付けながら) 「…や、立松からパンの匂いがしてるんじゃなくてー、下に落としちゃったパンの入った袋からパンの匂いがしてるんだと思いますよ、うん」 進藤ちゃんはぱっとタテから離れ、落とすなよなー、と言いながら、屈んでパンの袋を拾う。 「進藤ちゃん、耳まで真っ赤ですが…」 とか言ってるタテの耳も真っ赤ですが。 2004年05月18日(火) 進藤ちゃん、恋に溺れるの巻き(三) 昨日のつづき。 進藤ちゃんはバイトに行きます。なんだかぼんやりしてしまって、仕事に身が入らないのだけど、一緒に入ってる店長(40代前半の男)もぼんやりしてるので、別に怒られたりとかはしないっていうか、店長は進藤ちゃんがぼんやりしていることにすら気付いてません。 「あ〜客が少ないー」 「そうですね」 「今日はすごく天気いいし、進藤君、散歩とかしてきてもいいよ、別に。俺はレジで寝てるから」 「そんな…」 「進藤君って彼女とかいるの?」(ものすごく唐突) 「え! い、いません。じゃなくて、あー、いや、います? はい、いますいます」 彼女じゃないけど。「彼女とか」の「とか」の中には入るかもしれない。 「(微妙な間)…へ〜〜〜」 「なんですか、その反応は…」 「いや、別に。うらやましいなーと思って。同じ学校の子?」 「いや、別の学校」 「どうやって知り合ったの。合コン?」 進藤ちゃんは「そういうんじゃなくて」と否定しかけるが、ほんとのことを言うわけにもいかないのだから、と考え直し、「まあそんなかんじです」と答える。 「その子かわいい? 芸能人でいったら誰っぽい感じ?」 店長は、別に人の恋愛ごとに興味津々というわけでもなんでもなくて、暇なのでなんとなく色々聞いてみてるだけです。 「…えー…」 返答に困っていると、自動ドアが開く音がして、進藤ちゃんはほっとする。のも束の間、入ってきた客はタテでした。 「いらっしゃいませー!」 いつもはどこか間延びした口調で話す店長だが、挨拶のときだけははっきりしている。 今そこにいる客が、ついさっきまで話題にしてた「彼女とか」だと店長に言ったら、どういう反応が返ってくるだろうか。 (案外、別に驚かなかったりして。「へ〜〜〜」って普通に返されたりして…) 「あら〜、こんなところに進藤ちゃんが…」 「白々しいよ、お前」 「わっははー、おつかれさまでーす」 「何しに来たんだよ」 「うわ、なに、その態度(笑) お客様に向かってー。今から図書館行くつもりなんですけどね、なんか急に喉が渇いてきちゃったので、ちょっとジュース買いに来てみただけでーす」 「そのへんの自販機で買えよ」 「そんなこと言っていいんですか〜? あの、いいんですかね?」(店長に話を振る) 「へ?」(店長は話を聞いてませんでした) で、タテはほんとにジュースだけを買ってあっさり去って行きました。 (ほんと何しに来たんだ、あいつ…) 図書館とは全然方向が違うのに。 って、顔を見たかったのに決まっている。そんなの、進藤ちゃんだって分かってる。でも、なんだか気恥ずかしくて、素っ気無くしてしまったのです。進藤ちゃんはとても後悔する。 で、進藤ちゃんは、お昼の休憩時間(バックルームにて)、タテに電話する。タテは図書館の中にいるので出れなかったんだけど、数分後に外から掛け直してくる。急いで外に出たのだろう、電話のタテは少し息切れしていて、進藤ちゃんは胸がいっぱいになる。 「立松、せっかく来てくれたのにごめんな。態度悪くて。なんか照れ臭かったっていうか」 『えー、そんなの全然気にしてないのにー』 「うん、でも、ごめん」 『や、ていうか、そんな、うん、えーと…』 「ていうか勉強の邪魔してごめん」 『いやいや、全然、別にそんな根詰めてやってるわけじゃないっていうか勉強っていうほどの勉強でもないんですよ、うん、まじで』 「……」 『えー、も〜進藤ちゃ〜ん、やだー、どうしちゃったのよー』 「立松」 『はい』 「会いたいよ」 さっき会った。 「キスしたい」 今朝した。 『………』 携帯電話の向こう、タテが息を詰めるのが分かった。 「うそ。ごめん。バカでございました」 進藤ちゃんはタテの口調を真似て誤魔化す。声が震えてる。 『今、休憩時間?』 「えっ、あ、うん」 『何時まで?』 「一時半までだけど…」 『じゃああと20分もあるから全然だいじょぶだね』 えっ、と進藤ちゃんが声を上げる前に電話は切られてしまう。 (立松の奴、来る気かよ) 進藤ちゃんは、もう一回電話を掛けるんだけどタテは出ないし、「来なくていいよ」ってメールもするんだけど返事はない。おいおい、と思っているうちに休憩時間は残り5分となる。 ドンドン、とバックルームのドアが強く叩かれ、進藤ちゃんの心臓は一瞬止まりそうになった。慌ててドアを開けると、そこにはタテが。 「おい、たてま、」 つ、 まで言えなかった。 タテは大きく一歩踏み込んで中に入り、後ろ手にドアを閉める。ドアが閉まったのと、抱き寄せられて唇が合わさったのは同時だった。 触れ合ったのは一瞬だけ。タテはすぐに離れ、やはり後ろ手にドアを開けて、ぴょんと飛んで後ろに下がって外に出る。 「部外者が入っちゃダメだよな〜。でも五秒程度だからオッケーだよね☆!」 タテはいとも清々しい笑顔。進藤ちゃんは呆然としてる。 「というわけで、戻ります」 「えっ」 「じゃーね、進藤ちゃん、バイトがんばってね!」 そしてタテはほんとにそれだけで去って行ってしまいます。チャリに乗って走り出す前、投げキッスを寄越してきたけれど、進藤ちゃんには突っ込むこともできませんでした。 タテの姿がどんどん小さくなって行って、やがて見えなくなった頃、進藤ちゃんはおぼろげな手付きでドアを閉める。進藤ちゃんは閉められたドアの前に立ち尽くしたまま、しばらく止まってる。 そっと胸に手を当ててみる。 いたた。 あー、もー、おい、咲くなよ。おちつけ。いいかげんにしとけ。 胸ん中、限度知らずにガンガン花開いちゃうもんだから、苦しいったらない。むせ返る。 「おーい、進藤君ってばー」 店長の声で、進藤ちゃんはやっと我に返る。 「あ、はい」 「さっきから何度も呼んでるのに気付かないし…(笑)」 「す、すみません」 「休憩時間過ぎてるよ」 「えっ! うわ、すみません!」 「あー、いや、別にいいんだけど。大丈夫?」 「すみません…」 (大丈夫? それは俺が俺に訊きたい) 2004年05月19日(水) 進藤ちゃ(略)(四) 続き。短いよ。昨日書くつもりだったんだけど忘れてた。 バイトから帰った進藤ちゃんは、居間にドーンと置かれているラブソファーを見て大いに驚く。 「何これ…!」 「見ての通りソファーです」(ソファーに腰掛けつつ) 「なんで!?」 「なんでって。進藤ちゃんがほしいって言ったんじゃないのー。おっきいのは無理だけどね。置くとこないし。だから二人掛け用で我慢して〜」 タテはこのソファーを置くために昨日掃除をしたのでした。進藤ちゃんはもうほんとに驚いて、そんで感激して、あーもー! って気持ちになる。 「まーまーお座んなさいな」(すぐ隣りをポンポンと叩く) 「…あー、立松って、ほんと…、」(のろのろと腰掛けつつ) 「なによー」 「いちいち言動があれだよな…」 「どれよ(笑)!」 「うーん」(タテにもたれ掛かる) 「そもそもは進藤ちゃんが『ソファー買って』って言ったんでしょー。今日はいきなり『会いに来て』とか言うしさー」(進藤ちゃんの肩を抱く) 「『ソファーがほしい』とか『会いたい』とは言ったけど、『買って』とか『会いに来て』とは言ってないだろ…」 「どっちも一緒じゃん」 「いや、違うだろ」 「一緒だよー」 「違うって」 「なんで。一緒だよ。だって俺は『なんでもする』って言ったもの。進藤ちゃんの望みならばなんでも。だよ。だから一緒なんですー」 「……」 「あ、バイト行かなきゃ」(唐突) 「えっ」 「うん、ごめんねー。ここでずっと進藤ちゃんといちゃいちゃしてたいのは山々なんですが…」 「さっさとバイト行けよ」 「わっはっは! まーバイト行ってくるけど、ノリオがいなくて寂しいからって泣かないでね。新品のソファーを涙でびしょ濡れにしちゃイヤよ」 「あーもーうっとーしー!」(顔近付けてチューしようとしてくるタテのデコをペチンと叩く) 「あーあ、いーんですかぁ〜? そんな態度とっちゃってー」 「なんだよ…」 「“会いたいよ”」 「う」 「“キスしたい”」 「ううう…」 「“うそ。ごめん。バカで 「うーるーさーいー!」 「わははははは! 当分は言い続けてやる! そんじゃー行ってきま〜す!」 「今度言ったらグーで殴ってやる!」 「いいよー。進藤ちゃんになら土足で踏みにじられたっていいもんネー」 「早く行け!」 「はいはい」 タテはもうとっても機嫌よくて、今にも踊りだしそうなほどの陽気な足取りで部屋を出て行きます。 バタン、と扉の閉まる音がして、進藤ちゃんはほっと息をついて、のそのそとソファーに横になる。体を伸ばせば、頭も足も思いきりはみ出る。 せまい… 一人で横たわってこれじゃあ、ここでは到底無理だな。できないな。 (って何がだよ) はー、と長いため息をついて、進藤ちゃんは目を閉じる。瞼の裏にはやっぱりというかなんというか普通にタテが浮かんでる。むかつくくらい鮮やかに。 いけしゃあしゃあと、当然のように出てくんなよな。 消えろ、 とか無理に思ってみたりしたけれど、タテは平然と笑ってる。 やーねー、進藤ちゃんが寂しいっていうから、出てきてあげたんじゃないのよ。 って、タテが言ってる。瞼の裏で。花が咲いてんのは胸の中だけで充分なのに、瞼にまで。咲くのか。咲いちゃうのか。もういいよ。やめてほしい。 (立松…) ああ、なんで、こんなにも ソファーを涙でびしょ濡れにしちゃイヤよ って、アホか。 と、思う。思うけど、だけど。目尻が熱い。 びしょ濡れはさすがにありえないけど、滲むくらいなら。ね。 |
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