春への移ろい。不安定な天候の中、僕は、目覚めて、かなしみを知る。
春の嵐が訪れて、胸の真ん中、熱烈な花が咲く。
2004年4月25日(日) 三月末のネタなので、今更感がありますけど。 去年の11月に書いた大学生ネタ(9)の続きです。 もうすぐ四月です。高校んときよりずっと長い春休みも終わりそうです。 「もうすぐゴールデンウィークだな」 あまりにも唐突に田中が言った。さっきまで映画の話をしていたはずだ。なのに、いきなり。 「えっ、あーでもまだ一ヶ月も先…、だけどそんな先の話ってわけでもないか。あー、もうそんな時期なんだなあ…」 進藤ちゃんは一人でうんうん頷いてる。そんな進藤ちゃんを見ながら、この人ってほんといちいち可愛いなあ、とタテは思っている。 「で? 田中さんのゴールデンウィークのご予定は?」 しゃーないから聞いてやるよ、という調子でタテが田中に振る。 「花村さんと旅行に行こうと思うんだ」(とっても誇らしげ) 「えー。いいなーいいなー。ね〜進藤ちゃん、俺らも二人でどっか行こ!」 「んー、そうだなあ…」 「行こうよ行こうよ! どっか! あったかいとこがいいな!」 「おい、君たち、僕の話を、 「あ、みんなで行く? 田中も花村さんも、麻子も、高原さんや石塚も誘ってさ、 「「えーーーーーーーーっ!!」」(田中とタテ、同時に大きな不満の声) 「じょ、冗談、です」 「しんじらんなーい><! なんつー提案をするのよ! も〜やだ〜。田中さんからもなんとか言ってやってくださいよー」 「進藤、僕はお前を今ほど憎いと思ったことはない…」(真顔) 「そんな、田中、そこまで…」 「まあ進藤ちゃんとわたくしの旅行に関しては、後で二人きりでじっくり相談するとして。田中さんのお話をうかがいましょー。で、どこ行くの?」 「北海道だ」 「「………」」 「…えっ! なんだその反応は!?」 「…いや、別に」 「さ、そろそろ帰りましょう、進藤ちゃん!」 「待て、君たち! 僕は納得いかない!」 つい数日前「北海道の女」の話が持ち上がったばかりだったので、進藤ちゃんもタテも敏感になってるのでした。納得いかない田中は適当にあしらって(ひどい)別れ、進藤ちゃんとタテはスーパーでちょっとしたお買い物。 「あ、豆乳プリンちゃんが安売りだわ〜」 「立松」 「ん?」 「旅行はさ、夏休みにしよ。ゴールデンウィークはきっとどこも混んでるよ」 「ん、そだね」 タテはいともあっさり返して、豆乳プリンをカゴに入れる。進藤ちゃんは、タテが「旅行行きたい!」って返してくると思ってたので、気が抜ける。 「あ、進藤ちゃんの好きな朝食りんごヨーグルトも安いよー」 「いらない」 「なに怒ってんの」 「怒ってないよ」 「ならいいけど」 「カゴ、持つよ」 「えっ。いいよ別に」 「たまには俺が持つよ。ていうかなんでいっつも立松ばかりが持ってんだろうな」 そんなことに今更気付いた。というのはうそで、本当はずっと前から気付いてて、でもまあいいか、と思っていた。そしてそれは実際「まあいいか」程度のことなのかもしれない。でも突然不条理なことに思えて仕方なくなる。そんな自分はなんて不条理なんだろう。と、進藤ちゃんは思う。 「えっ、なんでとか言われても(笑)」 「持つよ」 「ん、じゃあ、はい、お願いします」 「うん」 進藤ちゃんはカゴを受け取り、カゴの中をぼんやりと見つめてそのまま止まってる。 「やっぱり、いるんでしょ?」 「え?」 「朝食りんごヨーグルト」 そんなの、どうでもいいのに。ほんとに心からどうでもいい。 進藤ちゃんの沈黙を勝手に肯定だと捉えて、タテはヨーグルトをカゴの中に入れる。無邪気な笑顔で。カゴの中、隅っこで、豆乳プリンとりんごヨーグルトがくっつき合ってる。だからどうした。そんなの、どうでもいいこと、なんでもないこと。それなのに。進藤ちゃんの心は何故か震えた。幸せな感じ。不幸せな感じ。胸の奥がひりつくような。 ハハハ、 思わず笑ってしまったのは進藤ちゃん。一口ちょうだいネ〜、と、せこいことを言って子どもっぽく微笑む恋人を、心から愛しいと思う。ちょっと憎らしくも思う。カゴの取っ手、掴む手に力を込める。 2004年5月4日(火) ↑(4/25のやつ)の翌日でも数日後でもいいんですけど、とにかく土曜日の話。ところでタテは、ラーメン屋さんでバイトしてます。っていうか今決めました。うん、そうしよう。 店が混んでいて、おまけにバイトが一人風邪で休んでいたものだから、定時(午後10時)には上がれなかった。ついてないことに、外は雨だ。家を出るときには晴れていたのに、一時間ほど前から降り出したのだった。春雨じゃ、濡れて帰ろう。なんて、親父くさいことを思ってみたら、なんだか心が寒くなった。あー外寒そうーあー雨冷たそうー。でも帰ったら、進藤ちゃんがいるしね。とか考える自分がちょっと恥ずかしい、ちょっとかわいい。こっそり苦笑してから、店を出ようとするタテを、バイト先の先輩が「立松!」と引き止める。 「あ、はい」 「ごめんごめん、これ」(タテに傘を手渡す) 「えっ」 「10時頃な、ゴミ出しに裏口出たら、お前の友達が来てて。立松呼んで来ようかって言ったら、傘届けに来ただけだからいいです、って。で、傘預かってたんだけど、渡すの忘れるとこだった。あー思い出してよかった」 傘なんかコンビニで買える。バイト先には、使われてない傘(いつまでたっても取りに来ないお客さんの忘れ物とか)だってあるから、それを借りることもできる。でも、この雨の中、わざわざここまで傘を持って来てくれた進藤ちゃんを思って、タテはとっても感激します。携帯を見ると、進藤ちゃんからメールが入っている。近くのレンタルビデオ店で待ってる、とのことだったので、タテは大急ぎで自転車を走らせる。 進藤ちゃんは、借りたビデオを手にして、レンタルビデオ店の前で待ってました。 「進藤ちゃん!」 「立松、声でかすぎ(笑)」 「中で待っててくれていいのに〜!」 「うん、でも、もうそろそろ来るかな、と思って。したら実際来たし」 「すごい! 超能力者だネ」 「ていうかバイトおつかれさま」 「いや、ていうかていうか、ありがとうございます! 傘!」 「だから声がでかい」 「ごめんなさい」(超小声) 思わず笑ってしまう進藤ちゃん。笑顔がかわいくて、タテはなんだか照れてしまう。 「ほんと、ありがとね。すごくうれしい」 「いいよ、別に。暇だったし」 「暇だったし、て…」 進藤ちゃんは家でレポートをやってました。そしたら雨が降ってきて、雨音を聞いているうちに、タテのことが頭に浮かんできた。傘持って行ってないだろうから帰り困るだろうな、とかそういうことを思ったのではなかった。進藤ちゃんは、去年の梅雨時のことを思い出していた。タテに初めてキス(ほっぺにだけど)をした日。進藤ちゃんの膝の上に頭を乗せて、猫みたいになってるタテ。好きなんです、それだけなんです、と彼は言った。自分だっておんなしだった。好きで、好きで、それだけ。外はどしゃぶりなのに、雨の音が聞こえなかった。 「俺は別に、立松が濡れたら可哀相だなーとか思ったわけじゃなくて…」 「えっ(笑) いや、うん、続けて」 「俺はただ、一秒でも早く、立松に会いたかっただけなんだと思う。だから、傘は口実みたいなもんなんだよ、きっと」 「…進藤ちゃん…」 「なんだよ」 「何か悪いものでも食べたんじゃ…」 「……」 「わー、うそうそ、ごめんなさい! つい! だって進藤ちゃんがこういうこと言うの珍しいじゃない? って、あーもータテノリの馬鹿者!」 「もういいから早く帰ろ」 「あ、そーだ、おみやげあるよー」(ぎょうざの入った袋揺らしつつ) 二人並んで傘差し運転。雨の降る、暗い夜道。冬のような冷たい空気ではないが、普通に寒くて、吐く息は白い。急に雨が止み、進藤ちゃんは傘を畳むが、タテは傘を差したまま。 「もうすぐ桜が咲きますねー」 「うん」 「お花見しましょーねー」 「うん」 もうすぐ桜が咲く。近くの公園に二人で花見に行く。少し先の、ごく現実的な予定なのに、進藤ちゃんにはなんだか夢のように儚いものに思えてしまう。そんなの、甘ったるい感傷でしかないこと、自分が一番よく分かってる。 「帰ったら、ぎょうざあっためて食べながら、ビデオ見よ」 「うん。あ、そーいや進藤ちゃん、何のビデオ借りたの?」 「ゾンビもの」 「ゾ…、ラブストーリーがいいのにー」 「ぎょうざ食べながら?」 「わはは。あー、DVDプレーヤーほしいよねー」 「うーん、別にいい」 「そーお?」 「それよりソファーがほしいよ。なんかすっごい大きいやつ。そこで普通に寝れるような…」 「どこに置くんですか(笑)」 「どこにも置けない(笑)」 たわいない話をしてるうちに家に着く。その頃には、ぎょうざって気分でもゾンビって気分でもなくなってた。すぐに風呂に入ってあったまって、やわらかい布団の中に潜り込みたい。そういう気分。 「ただいまー」 「って誰に行ってんだか」 「僕らの部屋に(笑) ていうか中寒いね。外より寒いってどうなのよ」 「今ストーブ点けるから。立松、先に風呂入ってきて。出た頃には部屋もあったかくなってるし」 「えー何それー。一緒に入ろうよ〜」 「絶対やだ。せまい」 一緒に入ったことなら数回ある。狭いし、何より落ち着かない(当然の話だけど)。ゆっくり温まれるわけがない。 「ちぇっ! ていうか進藤ちゃんから入りなよ。ほっぺ、こんなに冷たくしちゃって!」 タテは進藤ちゃんの頬にペタッと手を当てる。 「それは、立松だって」 進藤ちゃんもタテの頬に手を伸ばそうとするが、途中で手をぎゅっと握られて阻まれた。 「俺はいーの!」 立松はいつだってこうだ。俺はいいの、だって。優しくて。身勝手だ。進藤ちゃんは、なんだかちょっとだけ泣きそうになる。 「じゃあ先に入るけど…。俺が入ってる間に風邪とか引くなよ、ほんと」 「はいはいはーい(笑)」 「三回も『はい』ってゆーな」 進藤ちゃんはタテを気遣って、短時間で風呂から上がる。もっとゆっくり入ればいいのに、とタテは心ん中で思って苦笑する。 「はやっ。早過ぎだよー進藤ちゃん。耳の後ろとか足の指と指の間とかちゃんと洗ったのかよ」 「洗ったよ、ちゃんと」 進藤ちゃんはちょっとムッとする。そんな進藤ちゃんを、かわいいなあ、と思うタテ。 「ちゃんと? すみずみまで?」 「ちゃんと。…すみずみまで」 なんか話の方向がやらしい雰囲気。 「疑わしいなら、あとで確かめれば?」 「そーですね、すみずみまで…、って、きゃ〜! 進藤ちゃんてばそーゆーことを言うようになったのね?」 「あーなんか急に恥ずかしくなってきた! めちゃめちゃ恥ずかしい。今の無し。取り消し。前言撤回」 「ぎゃはははは、ひどい!」 「あー恥ずかしい恥ずかしい、俺やっぱもう寝るから。立松が風呂入ってる間に寝る!」 「うわっ、それはないでしょ!」 「じゃあ早く入って来いって」 「はいはい」 「あ、立松、うそ、急がなくていいから。ちゃんとゆっくり入って、あったまって」 自分はさっさと出てきたくせに。まったくこの人は。と、タテは思う。 「はいはいはーい」 タオルと着替えを持って小走りで風呂場へ向かうタテの背中を見ながら、「急ぐなって言ってんのに」と進藤ちゃんは独り言。ついでに、「はい」は一回でいいって前から何度も言ってんのに。 止んでいたはずの雨が、また降り出した。春の天候は不安定に揺らぐ。これだから春はちょっと憂鬱だ、とか思ってるうちに、風が出てきて、雨音が激しくなり、あっという間に暴風雨。 タテが風呂から出ると、進藤ちゃんは布団の中に潜り込んで、寝てました。 「おいおい(笑)」 タテは、そりゃねーだろ、と思いつつも、まあいっか、と諦める。でも、進藤ちゃんは寝た振りしてるだけでした☆ 「こら〜。なんなのよ、もー。そーゆーコアクマ的なことをしないでよ。いや、まあこれはこれで燃えますけど」 タテは笑いながら、進藤ちゃんの両腕を掴んで、体重掛けてベッドに押し付ける。進藤ちゃんも笑いながら、「離せって」とか言いながら、じたばたして抵抗する。もちろん本気で抵抗してるわけじゃなくて、冗談っていうか単にじゃれ合いたくてやってるだけ。タテもそれを承知で、「進藤さん、あばれないでくださーい」とか言って、肩を冗談で押さえ付けたり、進藤ちゃんの脚に自分の脚を軽く絡めたりする。しばらくそうやって戯れ合ってるんだけど、進藤ちゃんがタテの首に腕を回して噛み付くみたいなキスをしたのをきっかけに、お互いの服を脱がし合って、深く浅く何度も口付け合う。外は嵐だね、とタテが囁くように言った。でも進藤ちゃんには、雨の音も風の音も聞こえない。外は嵐なのにね。繰り返されるキスの途中で、進藤ちゃんはタテの髪の毛をぎゅーと引っ張って、中断させる。 「なに」 タテは余裕が無くなってきつつあったので、止められちゃってちょっと不機嫌。 「北海道の、」 進藤ちゃんがそう言った途端、タテはガクッと進藤ちゃんの胸にうなだれてしまう。 「…それを今言うのですか〜」 「ちゃんと聞けって」 「ん」 「なんか、こうやって触れ合ったりしてると、北海道の女のこととか、明日にでも咲くかもしれない桜のこととか、そういうの、日常のことも、全部、曖昧になる。過去も未来も、立松以外の周りのことも、ぼんやり色褪せて、今この瞬間だけがすべて、みたいな、今から俺たちがする行為、それが上手く行けば、それで満たされたらもうそれだけで充分とかそんな感じ。そういうのってさ、なんか…」 「……」 タテは進藤ちゃんの胸に顔を埋めたまま黙り込んでしまう。進藤ちゃんはタテの頭を撫でた後、髪に顔を近付けてキスする。 「ごめん、立松、怒った?」 「や、ていうか、今そういうようなことをさ、色々考えてる余裕があるっていうことは、君って割と冷静なんですね? 俺はこーなっちゃうとね、なんも考えられないです。もう、いっぱいいっぱいだもの…」 「今日はもうやめとこうか」 「うわー(笑)」 「冗談」 「も〜う!」(やっと顔を上げる) 「…怒ってる?」 「怒ってないよ。怒んないよ。進藤ちゃんがほんとにやめたいって思ってるなら今すぐやめる。がまんします。そんでゾンビものでもなんでも見ます。進藤ちゃんが悩んでるなら、タテノリも一緒に悩むよ。だって進藤ちゃん、俺は君のことが好きなんだもの。好きだし、好かれたい。何より大事に思ってるよ。俺、なんでもするよ。なんでもできるしなんでもしたい」 ってさ、全部自分のためじゃん、結局。そんな気がして、言ってる途中で、なんか違うよなー、とタテは違和感を覚える。気持ちを言葉にするのは難しい。っていうのもなんか違う。何がどう違うのか分からないんだけど。でもそんなことはどうでもいいことのような気もする。結局全部自分のため。だとしたら、どうだというのだ。 「なんでもって、…なんでも?」 進藤ちゃんはちょっと笑って、タテの頬に手を伸ばす。タテは進藤ちゃんの手に自分の手を重ねる。 「なんでもだよ。さあ、なんでも、望みを」 「立松、俺は、満たされたい。これが全てと思っちゃうほどに」 「ここで死ねたら幸福なんじゃないかと思っちゃうほどに?」 進藤ちゃんは苦笑した。 (やっぱりこんなかわいい人はいないよなあ、改めて) タテは思って、そんな自分にちょっと呆れたりもしたけれど。 そして朝です(例によって朝ちゅんかよ…) 昨夜の雨風が嘘のように晴れています。 進藤ちゃんは、田中からの電話で目を覚ます。どういう電話だったのかというと、立松と仲直りしてやれ、とかそういう内容でした。田中とタテ進が会って話してるシーンを4/25の日記で書きましたが、まーその日の夜にでも、タテが田中に電話して色々(北海道の女のこととか)話したりとかしたんだと思う(思うって…)で、田中は割と勝手にタテの保護者気分になったりすることがあるので、心配して、余計なお世話的行動に出たのだと思う。 進藤ちゃんが電話を切った頃、ぴったりくっ付いて眠ってるタテが目を覚ます。でもまだ完全には覚醒してなくてむにゃむにゃしてる感じ。 「んー、なに、電話? 誰?」 「田中」 寝ぼけつつも脚を絡ませてくるタテから逃れ、進藤ちゃんはタテの額をペシッと叩く。 「いーたーいー」 「いい加減起きろよ」 「なんなのよーもー田中のあほー。朝っぱらから迷惑な」 「もう11時だよ」 「日曜の11時は朝っぱらなの。ていうか田中、あいつは暇なのか…。何の用だった?」 「立松と仲直りしろって。俺ら別にケンカしてないよな?」 「…うん、してないね」 「お前は一体田中に何をどこまでどういうふうに話しているのか…」 「えっ、ちょっと、何、進藤ちゃんてば怒ってらっしゃる? えーそんな、何も話してないですよ。まーたまに愚痴ったり惚気たりとかは…」 「愚痴」 「わーわー、別に進藤ちゃんに対して不満があるとかそんなんではあるはずなく! もー全然そんなのありえない!」 「別にいいけど。でも惚気って。田中の身にもなってみろよ…」 「そーれーはー、お互い様。俺だって、別に惚気るほどのないことで惚気られたりしてんのよ!」 「いや、それとこれとは違うだろ。まあいいんだけど。でも、なんでもかんでもっていうか、あんまり変なことは言うなよな」 「変なことって? あ、ベッドの中でのこととか、」 「……」 「い、言うわけないだろ! ほんのジョークですのにそんなおっそろしー目で見ないでよ!」 「あーもー」 進藤ちゃんは赤くなって布団の中に潜り込んじゃう。 「ごめん、進藤ちゃん。でもほんと、言ってないよ。これからはあんまり色々言わないようにするね。でも田中は俺たちのこと気持ち悪いとかそんなふうには全然思ってないと、」 そこで進藤ちゃんはガバッと布団から起き上がる。 「そんなこと分かってる! なんで、そんな、俺は、別に…。恥ずかしいと思っただけで。恥ずかしいっていうのは、間違ったことをしてるって思いがあるからじゃなくて。だから、俺は、」 進藤ちゃんは気持ちが高ぶったせいで、言葉に詰まり、俯いてしまう。 「うん、分かってる」 「分かってるんならそういうこと言うなよ」 「はい」 「試されるのは、好きじゃない」 「試すつもりなんかない」 「じゃあ、不安なのか?」 不安がない、といえば嘘になる。でもそれは自分だけじゃなく、相手だって同じことだ。 タテは何も答えず、だけど困惑してる様子は一切無く、子どものような純粋な眼差しで進藤ちゃんを真っ直ぐに見つめている。そんなタテに、進藤ちゃんのほうが困惑してしまう。でも、なんだか急にアホらしく思えてきて、進藤ちゃんは笑ってしまった。タテは不思議そうに首を傾げる。 「ぎょうざ」 「えっ」 「もう食べらんないよな」 「うん、もう駄目だと思う」 「立松、おなか空いたよ。すっごく」 「じゃあ朝ご飯にしますかー」 「なんでもしてくれるんだよな? だったら朝ご飯作って。なんでもいいから。俺はもうちょっと寝る」 タテはぱっと明るい顔になって、「今すぐ用意する」と言って布団から出てった。 進藤ちゃんは、息を一つ吐いて、布団に顔を埋める。台所で、タテが陽気に鼻歌を唄っているのが聞こえてきた。何の歌か分からない。きっと適当に作って唄っているのだろう。シーツからは、立松の匂い、自分の匂い。生々しい。昨夜のことを思い出し、指先から痺れてしまう。 ほんとは悩んでなんかないんじゃないか。幸せすぎて怖い、だなんて。いつのドラマだ。あほらしい。自嘲してみても、指先の痺れは今や胸の中心にまで及んで。一つ一つの感覚が蘇ってくるのだから困る。なんとか落ち着こうと、深呼吸を繰り返した。タテはしつこく鼻歌を唄ってる。でたらめな鼻歌にさえ欲情する。昨夜あれだけ長い時間をかけて丁寧に抱き合ったのに。 (…おなか空いてるせいだな) そういうことにしておくか。 今夜は二人でゾンビを見よう。 |
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