プールでは、ちゃんと息継ぎできてた。
水を失って夏の外に放り出された僕は、あまりにも不器用で、脆弱で。
揺ぎ無いものなんてあるの? 儚さゆえの美しさなんてクソくらえ。なーんて。
ほんとは、あの夏に閉じ込められていたかった、とか、思ってるくせに。

2003年10月10日(金)
 大学生編、正直なとこ、続きはちゃんと考えてなくて、全然行き当たりばったりなんですが、もっと大学生な立進のやり取りを書きたいので、今後もしばらくは(毎日は無理だと思いますが)寝言言い続けることになると思いますが、付き合って下されば幸いです。とゆうわけで、続き↓
 進藤ちゃんの実家を訪ねたタテは、仁美ちゃんに迎えられます。久々に会って、タテも仁美ちゃんも大喜び。生憎、進藤ちゃんは不在です。麻子と一緒に買い物(ケーキとか)に行ったとのこと。それを聞いたタテは、一瞬にして目の前がぐらぐらします。「もう、進藤ちゃんは、俺のことなんか全然忘れちゃってるのかも」というような思いまで湧いてきて、またも落ちる。そんで、なんかほんとにアホらしくなってきて、またも自嘲。
立「うふふふふ…」
仁「タテノリきもちわるい!」
立「…ナマイキ娘、きもいタテノリと結婚しよっか〜」
仁「タテノリの気持ちは嬉しいけど、好きな人いるから無理。ごめんね!」
立「ナヌ〜!?」
 なんと仁美ちゃんには好きな男の子ができちゃったのでした。完全に仁美ちゃんの片思いなんだけど、恋をしてる仁美ちゃんは、なんだか女のこらしく可愛くなっています。ちなみに、仁美ちゃんが好きになったのは、隣りのクラスに転校してきた男の子です。
立「おいおい転校生かよー」
仁「そう。すっごくかっこいいんだから!」
立「転校生はよくないよ。なんていうの、転校生マジックってあるじゃない。なんか物珍しくて、実際よりも良く見えちゃったりするもんなのよ」
仁「ていうかタテノリも転校生だったじゃん」
立「そうよ!」
 なんだかタテは、進藤ちゃんの前では、今でも転校生な気分なのです。自分は他所から来た人間だ、という思いがある。高校を卒業して、別々の大学に行っても、まだ転校生な気持ちがいつまでもどこかにある。
 一方、麻子と買い物中の進藤ちゃんはというと。
麻「冬休み入った途端実家に帰って来ちゃってまあ。クリスマスを一緒に過ごす人とかいないわけ?」
進「…よくもまあそんなことが言えるよな。お前はどうなんだよ」
麻「私は毎日課題で忙しいから、恋なんてしてる暇はないの!」
進「よく言うよ。でも、充実した大学生活送ってんだな。ちゃんとやってんだ。偉いよ」
麻「何よ、しおらしいこと言っちゃって。あんたは? どうなの?」
進「どうなのって、まあ、普通だよ、普通」
麻「立松君とはちゃんと仲直りしたの?」
進「や、別に、ケンカしてるわけじゃなくて…
麻「うそ」
進「嘘なんか、
麻「勘九郎、嘘つくのが上手くなったよね。前は全然嘘なんかつけなかったじゃない。嘘つこうとしても、視線が泳ぐし、どもるしで、バレバレだった。でも今は、普通に嘘ついてる。誰かさんの影響かな」
進「…」
麻「でも、私には分かるよ。勘九郎が、どんなに嘘をつくのが上手になっても、私は見抜いちゃうよ。見抜きたくないけど、分かっちゃうんだもん」
進「…」
麻「幼馴染みを甘く見るなよ」
 冗談っぽく言って、びしっと指を差す麻子に、やっぱお前には敵わないよ、と進藤ちゃんは苦く笑う。どこか大人びた進藤ちゃんの笑い方に、麻子は寂しい気持ちになってしまう。
進「俺、どうしたらいいのかな」
麻「勘九郎はどうしたいの?」
進「…俺は、」
麻「うん」
進「俺は、立松の側に居たい」
 望みをはっきり口にしてしまうと、耳には嘘臭い響きになって伝わるのに、心には妙にリアルに迫って、ぐっと胸が詰まる。
麻「だったら、そうすればいいじゃない」
進「でも、負担にはなりたくない」
麻「それは、立松君も同じなんじゃない? でも立松君は、あんたよりちょっと頭がいいから、あんたよりちょっと複雑にものを考えてるように見えるだけで、でも、結局、一緒なのよ、あんたと」
進「『ちょっと』じゃないだろ…」
麻「『ちょっと』よ。あんたたち、一緒だよ」
進「そうなのかな…」
麻「そうよ」
進「そんなの、考えたこともなかった。俺と立松って、何もかも、全然違ってて、けど、シンクロがあったから、一緒にやれてて、でも、シンクロがなくなって、別々の大学に行って、…って、何が言いたいのか分かんなくなった…」
麻「バカねえ、勘九郎って」
進「うるさい」
麻「立松君に会いたい?」
進「…うん、
 って言ったら、ほんとに会いたくなって、なんか、しんどくなるから、そういうことはあんまり考えたくないんだけど、」
麻「会いに行けばいいじゃない」
進「…年が明けたら、覚悟決めて、会いに行くつもりだよ」
 家に帰った進藤ちゃんは、仁美ちゃんと一緒にお菓子食べながら談笑してくつろいでるタテを見て、めちゃめちゃ驚きます。言葉が出てこない。
仁「お帰り勘九郎、麻子ちゃん! タテノリ来てるよ〜」
立「おかいり勘九郎、麻子ちゃん。タテノリ来てますよ!」
仁「真似すんな〜」
立「真似しゅんな〜」
麻「久しぶり、立松君」
立「お久しぶりでございます。って別に久しぶりじゃないでしょ、同窓会で会ったでしょ(笑)」
麻「でもなんか、すっごい久しぶりな気がする」
立「うん、なんかねー(笑)」
進「……」(呆然と立ち尽くす)
麻「なんとか言いなさいよ」(進藤ちゃんの腕を肘で突く)
進「…(立松の顔を呆然と見つめながら)なんで…?」
立「進藤ちゃんに会いたかったんだよ」(真顔)
進「…!」
立「なーんちゃって☆!」
 タテは軽い調子で笑って、でも、真顔で言った言葉の方が本意なんだって、進藤ちゃんには当然のように分かってる。立松がどんな思いでここまで来たのか考えて、進藤ちゃんの胸は痛みます。

(ああ、やっぱり、俺は、ほんとに、どうしても、立松が好きなんだ)

2003年10月11日(土)
 今日は続きではなくて、過去の話に戻って、同棲中の出来事について零そうと思います。いや〜ほんと行き当たりばったりなものだから、話が前後したり、訂正したり、色々あると思いますが、適当にあれしてくださーい。
 今思いついたんですけど、二人が一線を越えちゃったのは、七夕の日でいいです、なんとなく。(なんとなくかよ) で、それをきっかけに一緒に住み始めたんだけど、タテは進藤ちゃんの誕生日(10/20)に出てっちゃったわけだから、同棲期間は3ヶ月程度なんだけど、その間にすごく色々あって、神様に祝福されてるみたく幸せな時もあれば、相手が世界で一番呪わしく思えるほどに酷い時もあった。9月の終わり、夏が去って行ったのを誰もが感じるようになった頃、二人の愛の巣は、幸せな感じと、酷い感じが、さらに入り乱れて、愛しさや憎しみで、部屋の空気の色がぐちゃぐちゃになっていた。くだらないことで言い争ったり、くだらないことで仲直りしたり。あるくだらないケンカのとき、タテが進藤ちゃんに酷いことを言って、カッとなった進藤ちゃんが思わずタテの頬を引っ叩いてしまう。タテは叩かれた頬を押さえて俯く。進藤ちゃんは我に返り、謝るんですが、タテの顔を覗き込んだとき、心が凍り付いてしまう。何故ならタテが笑っていたからです。タテの肩が小さく震えているのは、泣いているせいでも怒っているせいでもなく、笑っているせいだった。進藤ちゃんは、ぞっとする。「もしかしたら、もう、無理なんじゃないか」って、思ってしまう。でも、無理でも一緒に居たいという気持ちだけははっきりしている。これ以上言い合っても余計酷いことになるだけだと思って、進藤ちゃんは自分の部屋に戻ろうとするのだけれど、タテが腕を掴んで引き止めます。あんまり強く掴まれたから、痛くて、抗議しようとしてタテの顔を見ると、さっきまで薄く笑っていたくせに、いつのまにか怖いくらいの無表情になっていて、進藤ちゃんは言葉を失います。で、タテは、進藤ちゃんを強引に組み敷いて、無理矢理してしまう。進藤ちゃんは、最初は必死で抵抗するんだけど、途中からもうどうでもよくなって、されるがまま。すごく苦しそうな顔をしてるタテを見て、「立松、なんで?」って思う。なんでこんなふうになっちゃうんだろう、なんで上手くいかないんだろう、どうやったら上手くいくんだろう、どうやったって上手くいかないんだろうか。
(俺と一緒だと、立松は、苦しいのかな)
 進藤ちゃんだって勿論苦しいんだけど、それでも、好きだから一緒に居たいんだって気持ちが当然のようにしっかりと根底にあってはっきりしてるから、立松がどう思っているかということばかりが心配なのです。
 翌日、タテは進藤ちゃんに土下座して謝罪します。
「本当に本当に申し訳ありませんでした! もう二度としません! 神に誓って!」
「…強姦魔…」
「ごっ…! よもや進藤ちゃんの口からそんな恐ろしい言葉が飛び出るとは…」
「よもや立松にそんな恐ろしいことをされるとは」
「…」
「あ、黙った」
「…切腹とかすべき?」
「すべき」
「自分で切るのは嫌だから、進藤ちゃんが切って」
 冗談っぽいこと言いながらも相当弱ってる調子のタテに、進藤ちゃんはため息をつく。
「やりたかったから、やったんなら、まだ救いがあるけど、そうじゃないだろ。お前、全然、したくなんかなかったくせに、なんで。すっごい苦しそうで、俺のほうが酷いことしてるみたいな気分になったよ」
「……」
「なんでだよ。気に入らないことがあるなら、口で言えよ」
「気に入らないことなんて、
「俺に悪いところがあるなら、なおすよ。俺は立松と駄目になりたくない」
「進藤ちゃんに悪いとこなんてあるわけないじゃない! …悪いのは、
「悪いのは自分だって言うんだろ。自分に全部責任があるんだって。そんなのは、ずるいよ。卑怯だ。うんざりする。俺は、お前のそういうとこが…、
「吐き気がするほど嫌い? (笑)」
「…(弱々しく首を左右に振って否定し) そうじゃなくて、ただ、悲しいよ。なんで一人で苦しもうとするんだよ。一緒に住んでるのに、バラバラで。…俺って、お前の何なんだよ。悲しいよ。こんな気持ちにさせんなよ」
 タテは進藤ちゃんをぎゅーっと抱き締めた後、進藤ちゃんの赤くなった目尻や鼻先や頬に、軽く口付けを落としていく。進藤ちゃんはタテの腕の中で身を捩じらせて、
「ううう、くすぐったい。…こんなんじゃ、誤魔化されないからな」(上目遣い)
「誤魔化そうとしてやってんじゃないの! も〜進藤ちゃんが愛しくてしょうがなくって、つい。あー有袋類とかになりたい。そいで体についてる袋ん中に進藤ちゃんを入れておきたい…」
「…ていうかまじで、俺ってお前の何…」(脱力)
「何ってそりゃもう、すごいよ。立松憲男の世界は、進藤ちゃんを中心に回ってるんだぜい」
「そんなの、嘘だよ。立松の世界の中心に居るのは、俺じゃないよ。俺に似てるかもしれないけど、それは、俺じゃない。俺には、立松の世界のルールが分かんない」
「分かりたくもないでしょ? (笑)」
「なんで? 分かりたいに決まってる」
 進藤ちゃんは、タテの唇にキスしようとするんだけど、タテはそれをすっと避けて、再び進藤ちゃんを抱き締める。
「進藤ちゃんには分かんないよ」
「…!」(ショック)
「分かんなくていい」
 タテは進藤ちゃんの髪に顔を埋めて、ずっと進藤ちゃんを抱き締めたままでいる。進藤ちゃんは、こんなに立松の温度を感じるのに心は離れてるんだなあ、って痛いくらい感じて、悲しくて、立松とちょっとでも近付きたくて、しがみついて、立松の肩に顔を押し付ける。進藤ちゃんの耳元で、立松は、「好きだよ」と囁く。切実な愛の言葉であるはずなのに、卑怯な裏切りの台詞にも聞こえて、進藤ちゃんの胸は痛む。
 その夜は、一緒のベッドでくっ付き合って眠ります。二人とも、なかなか寝付けず、息苦しい空気が漂う。
「進藤ちゃん」
「ん?」
「あの頃は、良かったね」
 あの頃、というのは勿論、高校三年生の夏を指しています。立松は、遠い過去のことを語るように、話を続ける。
「プールがあって、シンクロがあって、仲間がいて。問題が立て続けに起こったりして、色々大変だったけど、俺たちは、何がしたいのか、何が大事なのか、ちゃんと、分かってた」
「……」
「ずっと、あの夏に閉じ込められたままでいたかったわ。…な〜んて☆」
 言った後、黙り込んでしまったタテの頭を、進藤ちゃんは自分の胸まで引き寄せて、抱き込むみたいにします。
「今も、大事だよ」
 進藤ちゃんの言葉に対する返答が見付からなくて、立松は口を閉じたまま。
「お前とくっ付いてると、幸せだよ」
 進藤ちゃんは優しい口調で言います。立松は、小さく、うん、とだけ返して、進藤ちゃんの背に腕を回して、胸にぎゅーって顔を押し付ける。
「心臓の音がする。あったかい。進藤ちゃんが、生きてるんだって思ったら、自分の命も実感できる。ああ俺も、ちゃんと生きてんだなって思える。どんなに嘘臭い言い回しでも、やっぱり、俺の世界の中心には、進藤が居るんだよ。ぐちゃぐちゃで、混沌として、醜い世界でも、中心だけは信じられないくらいきらきらしてんの。そこは、心臓よりも、精神よりも、どこより何より大切な場所だよ。そこを傷付けられたら、俺は、死んでしまう。こんなふうな想われ方したら、進藤ちゃんはしんどいかもしれないけど、でも…」
 進藤ちゃんの温かさを感じながらも、立松は、「ああ、もう、潮時なのかな」と、あまりにも悲しいことを考えている。
 ところで、進藤ちゃんが「ルール」がどうとか言ってますが、これにはちょっと余談っぽいのがあります。二人が同棲し始めるとき、「やっぱりちゃんとルールとか決めといたほうがいい」ということになって、「遅くなるときはちゃんと連絡すること」とかいう約束事とか、家事の分担についてとか、色々話し合ったんです。進藤ちゃんが真面目に考えてるとき、タテは、週に最低でも何回は愛の営みをする、とか、イッテラッシャイとオヤスミナサイのキスは欠かさない、とか、そういうアレなルールばかり提案しては進藤ちゃんに頭を叩かれてました。ってまあそんだけなんですけど。二人にはそういう楽しいばかりの時期もありました。というわけで過去(同棲中)の話でした。次は、昨日の続きを零します。

2003年10月12日(日)
 10日のメモの続き。
 進藤ちゃんのパパとママ・仁美ちゃん・麻子・進藤ちゃん・タテで、ささやかで幸せなクリスマスパーティーが行われます。タテはもうはしゃぎまくって、みんなにケーキ切り分けたりシャンパン注いだり、唄歌ったりで、とっても楽しそうです。タテのあまりのはしゃぎっぷりに、進藤ちゃんは不安になります。「だ、大丈夫なのか、この人…」みたいな。で、夜も更けてパーティーもお開きになって、麻子が「じゃあそろそろ」と言い出すと、タテも「じゃ、僕も帰りますんで。今日はほんと、突然お邪魔してすみませんでした。でも来てよかったです。すっごく楽しかったです」と言って、立ち上がる。でも進藤ちゃんが引き止めるの。泊まってけば? って。そしたら進藤ちゃんの両親も仁美ちゃんも、そうすればいいって言うのです。
立「や、でも、ほら、悪いですし!」
進「いや、全然?」
立「そ、そうですか?」
進「…まあ、積もる話もあることだし」(真顔)
立「えっ!」
進「うん」(やっぱり真顔)
立(な、なんかこわい…)
 で、進藤ちゃんの部屋で二人きりになってから。
立(あー、なんか、ほんと、久しぶり…)
進「びっくりした」
立「え」
進「いきなり来るから」
立「あー、うん、まあ、ワハハ。そらびっくりするわな。引いた? 引いた?」
進「や、引くっていうか、ただほんとびっくりして」
立「まさか別れた男と一緒にクリスマスを過ごすハメになるとは思わなかったでしょ、フフフ…」
進「うん、思わなかった(素)」
立「なんつーか、進藤ちゃんちに行けっていう、神からのお告げがあってね、来たわけですけども」
進「怖いよ(素)」
立「ていうか進藤ちゃんのが怖いよ、さっきから! なんで無表情なのよ! ねえ笑って!?(抱いてホールドオンミ〜の飯田調で)」
進「(すっぱり流して) こないだ立松見かけたよ。女の子と一緒だった。髪が肩くらいの。あの子って彼女?」
立「えっ、あー、ていうか、彼女? いや、うん、彼女。でした、ね、うん。えっと、別れちゃったけど」
進「……」
立(だ、黙るし…)
進「…なんで?」
立「なんでって、それは…、それはまあ、なんていうか…
進「なんで付き合ったの?」
立「えっ」
 別れた理由を訊かれたのかと思ったら、付き合った理由を訊かれちゃって、タテはびっくりします。
立「え…、なんでって言われると、なんでだろう、…いや、うん、告白されて、それで、可愛かったし…、いい子そうだなって思って…」
進「へえ〜〜〜」
立(トリビア…)
進「まあ、いいけど、別に」
立「そ、そう?」
進「うん。立松の自由だし」
立「……」
進「……」
立(うわー、嫌なムード…。こわ…)
進「なんで来たの?」
立「だから神の啓示が
進「(無視!) なんで来たの?」
立「会いたかったんだって、言ったじゃん…」
進「へえ〜…」
立(ま、また…)
進「……」
立「ていうか、怒ってる?」
進「いや、別に」
立「いや、ていうか怒るよね、普通さ。怒る怒る。怒るし、引くって、普通。だって俺、変だもん。すっごい変じゃない? 俺、きもくない? 真面目な話。自分でもさ、コワー…、って思ったんですよ、素で。ほんとに。絶対引かれるって思ったんだけど、でも、もう、行かずにはいらんなくて…、来ちゃったんですけど、何の手土産も持たずに、来ちゃったんですけど…」
進「…変じゃないよ」
立「そっかなあ」
進「立松はさ、結局、俺と一緒なんだって」
立「え…」
進「でも立松は、俺よりちょっと頭がいいから、複雑にものを考えてるように見えるだけで、でも結局は俺と一緒なんだってさ」
立「…」
進「麻子が言ってた」
立「麻子ちゃんが…」
 麻子の名前が出てきて、立松の気持ちは塞ぐ。立松は、自分は絶対に麻子に敵うはずがないんだって、前からずっと思い続けてきてるのです。
立「麻子ちゃん、綺麗になったよね」
進「え。あー、うん、でも、なんかちょっと大人っぽくなった気はする…」
立「綺麗になったよ、ほんと」
進「課題で忙しくて恋なんてしてる暇無いとか言ってたけど、好きな奴でもできたんじゃない? ハハハ」
立「またまた〜」
進「何が『またまた〜』だよ」
立「嫌じゃないの?」
進「なにが?」
立「麻子ちゃんに彼氏できたら、嫌でしょ」
進「なんで。めでたいことじゃん。そりゃ…ちょっとは寂しかったり悔しかったりは、まあ、あるけど…、でもまあ、それは、うん…」
立「胸が痛んだりしないの?」
進「…胸が痛む…?」
立「うん」
進「…そういう方向のあれは、もう、全部誰かに使い果たしちゃったよ」
立「!」
進「…ハハ…ハ…」(誤魔化し笑い)
立「誰でしょう、そんな世界一の幸せ者は!」
進「さあ、誰だろう。酷い奴だよなあ、世界一とまではいかないけど」
立「許せませんね。そんな奴は罰すべきですよ」
進「そうそう。打ち首だよ」
立「えっ、酷い(笑)! それはやり過ぎ(笑)!」

2003年10月13日(月)
 冗談言い合ったりして、ちょっと和やかなムードになった(とタテは思った)ので、タテはさりげなく進藤ちゃんの手に自分の手を重ねようとする。別にそんなやらしい気持ちとかはなくて、進藤ちゃんの笑顔を見たら、ちょっと手に触れてみたいなあって思っちゃっただけなんですが、タテは進藤ちゃんに思いきり手の甲をつねられます。
「ぎゃーっ!」
「そんな大げさに痛がるなよ」(呆れてる)
「痛いよ! 何すんの!」
「何すんの、はこっちの台詞だよ。言っとくけど、泊まってけって言ったのは、変な意味じゃないからな」
「分かってるよそんなこと! ていうか変なことしようとしてないでしょ! ちょっと手ぇ触りたかっただけでしょ!」
「ムードに流されるのはよくない…。俺は流されない…」(自分に言い聞かせてる)
「そんな変なムードになんかなってないってば!」
「おーこわ。油断も隙も無い」
「ちょっと手を触ろうとしただけでこの言われ様。も〜うタテノリ傷付いちゃう!」
「…傷付きやすいもんな〜、タテノリは…」
「うわー、なんか棘がありません? 言葉の節々に…」
 再びどことなく不吉な空気になりそうだったので、タテは、何か違う話題を…、と考えたところで仁美ちゃんのことを思い出します。ナマイキ娘に好きな男の子が出来ちゃったなんてショックだよ〜、とか言って泣き真似するタテに、進藤ちゃんは少し笑います。
「あんなにタテノリタテノリ言ってたのにぃ〜><」
「俺もびっくりしたよ」
「人の気持ちって、変わっちゃうものなのネ」
「…ん」
「まあ俺は変わんないけどね。ずっと一人の人を愛し続けるよ」
「死ぬまで?」
「死んでも」
「……」
「俺って執念深いから!」
「こわー」
「うん、俺、怖いんだよ」
「…」
「色々怖いの」
「うん」
「うん(笑)」
 進藤ちゃんは、ふと目線を窓の方向に向け、しばらく間を置いてから、軽く深呼吸して、口を開く。
「あのさ、今更ここで言葉にしても意味無いかもしれないけど、俺、お前のことが好きだよ、ほんとに」
 進藤ちゃんは、立松の顔は一切見ず、窓の外を見ながら言いました。進藤ちゃんの目は驚くくらいに澄んでいて、そこには一点の虚偽も無いのだと、タテは痛いほど感じて、胸が苦しくなる。タテは、「…うん」と小さく返して、俯いてしまう。俯いたまま、
「意味無くないよ」
「そう?」
「その言葉だけで、俺は一生、真っ当に生きていける気がする。何があっても、生きていける。もう、それだけで、充分過ぎるくらい充分だよ。…ありがとう…、ございます」
 そこで進藤ちゃんは、やっとタテの方に向き直り、
「それだけで充分とか言わないで、側に居てよ、一緒に居ようよ」
「…」
「なーんて」
「って冗談かよっ(笑)」(顔を上げつつ)
「いや、本気だけど、でも」
「でも?」
「立松を苦しめたくないから」
 ここでタテは再び俯きます。でも冗談っぽい口調になって、「俺がさ、小指くらいの大きさだったならな〜」と、自分の足の指を見つめながら言う。進藤ちゃんは「は!?」と返す。そしたらタテは、ちょっと顔を上げて、進藤ちゃんに向かって苦く笑ってから、また俯いて、
「体も心も、ちっさいの、すっごく。で、進藤ちゃんちの机の引き出しの隅の方でおとなしく暮らしてさあ。邪魔にならなくていいじゃん。たまに引き出し開けてもらって、指先でかまってもらったりして。とか、今ちょっと思っただけなんですけど。
 …って、うそ。思ってません。すみません。うそです。全部うそ。ぜんぜん冗談」
「今のサイズでいいよ」
「…」
「もっと膨らんでもいいけど」
「…」
「まあ別に、縮んでもいいんだけど」
「…そうなの?」
「そうだよ。どうなったって、結局、一緒だよ。変わんない」
「そっかな…」
「そうだよ」
「そっか」
「うん」
「どこへも逃げらんないってことかあ」
「…ん」
「どこへも、行けないのね」
「……」
「昔はさ、って、昔っていうほど昔じゃないけど、あの頃は、どこへでも行ける気がしてたんだよね。進藤ちゃんと一緒なら、どこへでも」

 タテはずっと、俯いたままでした。



 

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