僕はひとつ大人になって、君は家を出て行きました。
19歳のはじまり。

・・・10月20日のお話・・・

 朝早くに目が覚めると、隣りに眠っていたはずの立松が居ない。トイレにでも行ったのかと思ったけれど、あまりにシーツが冷たくて、ずっと前にベッドから出たのだと分かる。胸の芯と背骨を、ひんやりとしたものが通り過ぎた。ゆっくりと起き上がり、電気を点けて、「立松?」と呼んでみるが、どこにも気配が感じられない。
(荷物とか、全部無くなってたらどうしよう…)
 悪い予感で震える右手を、一度ぐっと握り締めてからゆっくり開き、立松の部屋の扉を開けてみる。ぱっと見た感じでは、荷物は残っている。ただ、最近よく着ていたジャケットが、無い。何も掛かっていないハンガーが、妙に生々しく胸に迫ってきて、重い。寝ている人間(など居ないのに)を気にするような調子で、足音を立てずに玄関まで行った。やっぱり。立松の靴が、一つ無い。
(なんか、買い物にでも、行ったのかな、コンビニとかに)
 白々しい考え。そうじゃないことは、なんとなく分かってしまっている。
(もしかしたらこういう日が来るかもなって、ちょっとは思ったことあったけど、まさか、ほんとに、現実になっちゃうとは…。ていうか昨夜はめっちゃ仲良かったはずなんだけど…。
 でも、居なくなってるし。
 出てったんだ。人が寝てる間に。なんも言わず。なんの予告も無く)
 なんという、裏切り。と、思った直後、ウラギリ、という言葉の響きが、妙に浮いているように感じられて、引いた。
(そういや俺、今日誕生日じゃなかったっけ? そうだよな。誕生日だ。19歳の誕生日。あいつ、知ってるかな。知ってるよな。知ってて、今日出てったんだ。なんつー奴だ。こわすぎる…)
『どっきり』でしたー、なんていう、寒いオチとかでは…、
 ないよなあ、うん。でも、立松ならやりかねない。でも、ない。それはない。ほんとに出て行ってしまった。
「まじかよ…」
 掠れて、今にもくたばりそうな、弱い声。泣いてしまうかと思った。けれど、泣かなかった。目も胸もからからで、何も出てこない。冷たいものでも飲もうと思って、冷蔵庫を開けるも、次の行動に移すことが出来なくて、戸に手を掛けて開けたまま、その場にへたり込んだ。
(冷蔵庫、開けたままは、よくないよなあ…)
 と、思うものの、扉から手を外すことができない。最近立松が好んで食べていた豆乳プリンが3つ並んでいるのが目につく。立松があまりに美味しそうに食べるものだから、ちょっと期待しつつ一口もらったのだけど、全然口に合わなくて、無理だった。
(これ、誰が食べるんだろう…)
 放っておいて、立松が帰ってこないまま、賞味期限が切れて、それでもまだ立松は帰ってこなくて、もったいないなあと思いながら3つとも捨てて…、
 そういうことを考えているうちに、胸の中がぐちゃぐちゃになって、ああもう知らない、って思って、床に寝転がってしまう。やっと手が離れ、冷蔵庫の扉が、パタンと音を立てて閉じられた。
(秋の床は冷たい…)
 夏は、二人して床の上でそのまま眠ったこともあった。ひんやりとして気持ちがよかった。今こんなとこで寝たら死ぬ、と思う。そんなはずなどないけれど、でも、死ぬんじゃないかと、素で思った。目を閉じると、じわじわ眠気が忍び寄ってきて、あっさり二度寝。
 再び目覚めたときは、もう昼前だった。
(あー、ちゃんと生きてる…)
 寝転がったままぼんやりしていると、ドアをノックする音がして、クール宅急便で豪華なケーキが届いた。ご丁寧に、メッセージカードまで付いている。

『お誕生日おめでとう! 一緒に過ごせないタテノリを許してネ!』

 なんてことだよ。なんてことをするんだよ。
(…すごい嫌がらせ!)
 なんて思ってみて、ため息。
 こんなでっかいの、どうやって食べろっていうんだよ、一人で。
 一人、そうだ、一人だ。昨夜までは二人だったのに、今は一人。
「…『許してネ』、だって」
 どうやって?
 メッセージカードはゴミ箱に捨てたけど、ケーキは意地で全部食べた。そしたらその夜、胃がひどく痛んで、寝込んだ。


 

SSトップ

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送